京都大好きトーク!門川市長とゲストの“きょうかん対談” [特別編]

第十五回「絆」 震災復興へ向けて京都ができること
東日本大震災の支援活動を行った京都市職員の皆さん 古村良介さん、安藤えつ子さん、藤木壮二さん
古村良介さん、安藤えつ子さん、藤木壮二さん 対談写真
古村良介さん、安藤えつ子さん、藤木壮二さん 対談写真
古村良介さん、安藤えつ子さん、藤木壮二さん 対談写真
古村良介さん、安藤えつ子さん、藤木壮二さん 対談写真

<座談会参加者>
古村良介/環境政策局南部まち美化事務所南エコまちステーション作業長
安藤えつ子/保健福祉局保健衛生推進室保健医療課課長補佐
藤木壮二/消防局警防部消防救助課救助係消防司令

震災発生直後から延べ1,500人以上の職員が現地に。現在も支援を継続

―今回は、東日本大震災の被災地支援に行かれた京都市職員の方にお集まりいただきました。まず、現地への派遣の経緯についてお聞かせください。
古村良介さん古村
 3月14日に、仙台市での被災ごみの収集・運搬のため、環境政策局の各事業所から職員を出してほしいと打診がありました。現地の詳しい状況もわからず翌日すぐ出発してくれとのことでしたが、私も多くの仲間も迷わず手を挙げました。このときは環境政策局から22名が現地に向かいました。
安藤 京都市ではこれまでから各地での震災時に、保健士を派遣しています。東日本大震災では3月15日から保健士の派遣が始まり、仙台市の区役所の会議室にシートを敷いて寝泊まりしながら被災者の方々の健康管理をさせていただきました。保健士が4名ずつ約1週間交代で、7月末までに延べ98名が行きました。現在は、宮城県石巻市に長期派遣しています。
藤木 私は当時、消防局のスーパーコマンドレスキュー所属でした。テレビの第一報を見て「東北だけでなく北関東も被害を受けている。関西のわれわれが行かなければ」と直感し、すぐ準備にかかりました。消防庁から要請を受け、3月11日の夜、まだ派遣先も決まらないうちに、ただちに関東方面に向けて出発。京都市・府の消防合わせて50隊187名、消防車両51台の一団でした。

―現地に着いて最初、どう感じましたか。
安藤えつ子さん藤木 26時間かけて13日の夜中に、活動地に決まった南三陸町近くに到着。現地の消防から話を伺い、夜明け前に南三陸町に入りました。夜が明けるにつれ、船が内陸2kmくらいまで運ばれてきている光景が見えてきました。…言葉が出ませんでした。当時、住人の半分以上の1万人の方が行方不明と伺い、1人でも多くの命を救いたいとの一心でしたが、信じられない光景に胸がつまりぼう然としました。
古村 私が派遣された仙台市内は、海岸沿い以外は一見被害が少ないようでしたが、ガソリンスタンドには燃料が全くなく、渋滞もひどい状況。コンビニも閉まっていて商品がない。それでも住民の方が長蛇の列をつくって入荷を待っておられ、市民生活の大変さを目の当たりにしました。
安藤 4月初め、私が最初に行った仙台市の若林体育館には約330名の方がおられました。すごく寒くてインフルエンザや感染症が広がるなか、「なんとしても助かった方の命を病気から守る」という使命と責任を強く感じました。ある被災者の方は「辛いけど、もっと大変な目に遭った人もいる。だから仙台の人に『辛い』と話せない。あなたたちだから言える」と話してくれました。京都から来た私たちだからできる細やかなケアをしたいと思いました。

―活動のなかで特に印象に残ったことは?
藤木壮二さん安藤 1人ずつ血圧を測り、健康状態を尋ねたのですが、大丈夫とおっしゃった方も皆さん大変高血が高かった。ご苦労が重なっていたのだと思います。不眠やうつ状態、認知症が出てきた高齢者の方もおられました。でも私たちが着ていた"京都市"と書かれたベストを見て、皆さんが「京都から来てくれたの」「修学旅行で行ったわ」と話しかけてくださいました。「京都」というだけで会話が生まれ、心を通わせられる。皆さんから教えられて改めて「京都」への思いを深めました。
古村 一緒に働いた仙台市職員の方の中には身内の方が亡くなったり、行方不明、自宅が流されたという方もおられました。自らも大変な状況の中で、市民のためにと懸命にがんばっておられた姿が心に残っています。またあるときは、歩いておられた年配の女性が京都市のごみ収集車を見るなり立ち止まり、合掌・おじぎをされました。…胸がいっぱいになりました。
藤木 海岸近くでの活動中、津波警報が度々出たのですが、その度に高台の避難所におられた皆さんが「早く帰ってこい!」「いのち、いのち!(命が大事)」と叫ばれる。「命は一つしかないんだから油断したら駄目」と怒る方もおられた。そのように支援する側の私たちも、被災地の多くの方に支えられ、また後方支援の京都の仲間もいたから活動できたと、感謝しています。さらに3月末の2回目の派遣では、福島原発の対応に当たりました。厳しい任務と覚悟していましたが、出発に際し市長から直接「京都市を代表して、日本のためにがんばってきてください」と激励を受け、使命感が高まりました。

―今回の活動を踏まえ、市民の皆さまにお伝えしたいことをお聞かせください。
藤木 被災者の方にお話を伺い、防災には物だけでなく心の備えも大切と実感しました。地震が起きたとき2階にいたら、風呂に入っていたら、と具体的にイメージして備えていただきたいです。また、やはり地域の力が大きいと感じました。京都市では元学区を単位にした全国に誇る自主防災組織がありますが、市民の皆さんと共にさらに地域の防災力を高めていきたいです。
古村 仙台市の方々は、あの大震災の大変な状況にあっても、ごみを分別する意識が非常に高く、すごいと感じました。京都市でも再資源化・リサイクルの取り組みを行っていますが、市民の皆さまにさらなる協力をお願いし、一緒に取り組みを進めていきたいと思います。
安藤 避難所では一人一人が力を発揮し、力を合わせて生活と健康を守ろうとされていて、人と人がつながることの大切さ、強さを改めて実感しました。子育てをはじめ、かけがえのない命を守るためには周りのバックアップが必要。「頑張ってるね」「ありがとう」といった家族や地域の意識的な声かけから絆が深まり、一人一人の生活や健康、命を守ることにつながると思います。

―この度の大震災を心に刻み、人と人の絆、地域のつながりを強めて災害に備えていきたいですね。本日はありがとうございました。



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