京都大好きトーク!門川市長とゲストの“きょうかん対談”

第二回「知恵」 「知恵」をはぐくみ、大志をあと押しするまち・京都
門川大作京都市長 × 山中伸弥教授 (京都大学教授・iPS細胞研究センター長)
門川京都市長・山中伸弥教授 対談写真
門川京都市長・山中伸弥教授 対談写真
門川京都市長・山中伸弥教授 対談写真
門川京都市長・山中伸弥教授 対談写真
「大文字山に登ってまちを眺めると京都を独り占めした気分」と語る山中教授と談笑する門川市長
<プロフィール>
山中伸弥/1962年、大阪生まれ。神戸大学医学部卒業後、臨床研修医を経て基礎医学の道へ。2006年、世界で初めてiPS細胞(人口多能性幹細胞)の開発に成功したことを発表。将来的に創薬や再生医療で応用が期待される。09年10月、米医学界で最高とされるラスカー賞を受賞。

人と人との連携・協力で、力も魅力も倍増
門川市長 世界が注目する山中伸弥先生と対談させていただくということで、大変光栄に思います。先生が開発された「iPS細胞」は、治療困難な病に悩む患者さんにとってはまさに夢の技術。しかし、先生はもと整形外科の臨床医だったそうですね。
山中伸弥教授山中教授 私は中学から大学まで柔道やラグビーをやっていました。そんな経験もあって,スポーツでけがや障害を負った人を治療する専門家になりたいと整形外科医になりました。でも整形外科は執刀医の器用さ、つまり手術が上手か下手かがその後の患者さんの生活の質に大きく関係します。あまり器用ではない僕はちょっと自信がなくなったのと、手術の腕だけでは治せない病気があり、それを治せるようにしたいと考えたのが、基礎研究の世界に方向転換した動機でした。
門川市長 その基礎医学の研究で見事、画期的な成果を上げられましたが、これまでのご苦労はさぞ大変なものだったとお察しします。
山中教授 研究は10年前、奈良先端科学技術大学院大学で始めました。それまでは、大阪の大学で1人でしていたのですが、くじける寸前でした。奈良先端では、若い学生やスタッフが少ないながら研究に加わってくれました。1人の時の失敗は落ち込むばかりでしたが、「先生、大丈夫!」と励ましてくれる仲間とのこの頃の研究があったからこそ、ここまで来られました。
門川市長 学生さんやスタッフの方々が加わられたことが、「たし算」以上の「かけ算」の力で作用したのですね。私もまちづくりにおいて、多くの市民の皆様に参画いただいたり、あるいは大学、企業、行政等が連携して取り組む力は、単に力を足し合わせた以上の何倍もの効果を生むと思っています。実際に京都市では今、産学公の意欲的な連携により、京都ならではの知恵を生かした「知恵産業」や、マンガ・アニメなどコンテンツ新産業の創出が進んでいます。

人生はやるか、やらないか
迷った時は困難な道を
門川大作京都市長門川市長 先生は京都大学に来られて6年目ですが、京都の印象はいかがですか?
山中教授 僕は大阪生まれで大学は神戸。そして奈良でも働きましたから、関西をほぼ渡り歩いてきた形ですが、中でも京都は特別です。あらゆるものに伝統の重みを感じます。その伝統が息づくまちで最先端の研究ができるという、京都ならではの環境を大変気に入っています。
門川市長 京都は、歴史と伝統のまちですが、古い伝統を守るだけの「古都」であったことは一度もないんです。常に新しいものを創造し続け、変革を積み重ねてきた。それが今も「都」の誇りを失わない京都の伝統です。そしてたとえば、京焼・清水焼の技術がセラミックを生み、仏典を刷る技術が印刷技術を磨き、数々のイノベーションを実現して、それが現在の京都の先端産業につながっているのです。
山中教授 京都のまちそのものに、新しいものを生み出す力があるのでしょうね。京大に来て、進取の気風、自由を尊ぶ気風を実感しました。ある意味"ほったらかし"(笑)。干渉もしないが助けもしないという気風が、多くのノーベル賞受賞者など優れた人材を輩出したのでしょうね。
門川市長 京大の自由な気風を評して、良い意味で「学生や研究者を放牧してる」、なんていう言い方がされたりしますね(笑)。
山中教授 放牧、大いに結構です(笑)。今、日本の大学は総じて過保護です。一見、優秀な学生は増えますが、何もないところから何かを創る能力が求められる研究者は育ちにくいですね。その意味で、京大の気風は研究者向き。僕も居心地がいいです。
門川市長 自由であればあるほど、壁に当たって迷った時は苦しいですね。私もこれまで多くの壁に直面してきましたが、「迷った時は困難な道を選ぶ」というモットーを徹底的に実践して今日まで来ました。
山中教授 共感を覚えます。人生における意思決定って結局二つしかないんですね。やるか、やらないかです。iPS細胞の研究でも失敗の連続でしたが、迷った時、やらなくて後悔するよりやって後悔する方が後悔のしがいがある。そう思ってずっとやってきました。
門川市長 やらなかったら残るのは後悔だけですが、思い切ってやれば失敗しても教訓が残りますからね。

研究、仕事を徹底的に楽しむ
門川市長 ところで先日もお聞きした、先生が大切にされている言葉「VW」、私も大好きなんです。
山中教授 「VW」、即ちビジョンとハードワークは私がモットーにしている言葉です。ビジョンをはっきり持ち、それに向かってハードワークすることが研究者の成功の条件だと、サンフランシスコ留学中、研究所のトップに教えられました。その方は車も確かフォルクスワーゲンに乗っていましたが(笑)。
門川市長 私はよく若い人に「ワーカーよりもプレーヤーであれ」と言っています。仕事は仕事と割り切ってワーカーとしてがまんして働き、楽しみは他の時間に見つけるというより、仕事も遊びも含めて人生丸ごと楽しむプレーヤーとして、徹底的に楽しむためにハードワークする。その方が人生を何倍も輝かせることができるように思います。
山中教授 その姿勢は、研究者には絶対条件です。研究が趣味と思える人は向いていますが、義務だと思えばこんな割の合わない仕事はない。何百回と失敗を重ねても「次の挑戦を楽しもう」という気持ちが必要です。
門川市長 京都市では来年、京都の未来のまちづくりのビジョンを示す、新しい京都市基本計画を多くの叡智を集めて策定して参ります。世界に誇れるまちづくりの夢、ビジョンに向かって市民の皆様と一緒に行動し、成果も共有できるよう、引き続きハードワークします!

大志を後押ししてくれる京都のまち
門川市長 改めてお聞き致しますが、先生にとって「京都とは?」
山中教授 僕の研究も、京都によって花開いたのだと感謝しています。ですから、僕にとっての京都とは、大志を後押ししてくれる懐の深い恩人のような存在です。
門川市長 大きな大志を果たされましたが、最後にこれからの夢についてお聞かせください。
山中教授 今、3つ夢があります。1つ目は、iPS細胞の技術を一日も早く実用化し、病気に苦しむ人の役に立ちたい。一番大きな目標です。2つ目は、iPS細胞とは別の研究で未知の課題に取り組みたい。3つ目は、研究以外のことで何かすごいことをやりたい。
門川市長 先生は欲張りですね(笑)。でも先生の夢は我々京都の人々の夢でもあります。これからもますますのご活躍をお祈りしています。私たちも共々に頑張ります。



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