京都大好きトーク!門川大作市長とゲストの“きょうかん対談”

第三十二回 住んでよし、働いてよし、子育てしてよし、訪れてよし! 地方創生のモデルを京都から
門川大作京都市長 × 本上まなみさん (女優) × 田村篤史さん (「京都移住計画」代表)
門川大作京都市長・本上まなみさん・田村篤史さん 対談写真
門川大作京都市長・本上まなみさん・田村篤史さん 対談写真
門川大作京都市長・本上まなみさん・田村篤史さん 対談写真
門川大作京都市長・本上まなみさん・田村篤史さん 対談写真
門川大作京都市長・本上まなみさん・田村篤史さん 対談写真
平成の京町家普及センター(京都市下京区河原町通塩小路・平成の京町家モデル住宅展示場KYOMO内)での座談会

<プロフィール>
本上まなみ(ほんじょう まなみ)/1975年東京都生まれ、大阪府育ち。池坊短期大卒。女優として映画・テレビ出演のほか、ナレーター、文筆家として幅広く活躍中。MBSラジオ「本上まなみ Nature Breath」ではナビゲーターも務める。著書に、自身7冊目となるエッセー集「落としぶたと鍋つかみ」や絵本、翻訳絵本も多数。京都市在住。
田村篤史(たむら あつし)/1984年長岡京市生まれ。立命館大卒業後、東京の人材関連企業に就職。2011年「京都移住計画」を立ち上げ、京都への移住希望者や移住者の支援に取り組む。12年4月に東京の会社を退職後は活動の拠点を京都に移し、まちづくりやキャリア支援にも関わる。著書に「京都移住計画」。京都市在住。

京都移住計画!住むなら都
本上まなみさん門川市長 本日は女優の本上まなみさんと、京都移住ご希望の方の支援に取り組む田村篤史さんをお迎えしました。お二人とも近年京都へ移られましたが、きっかけは?
本上さん 今8歳になる上の娘が小学校に入るタイミングで、京都に移り住みました。私も夫も関西出身で、夫は大学から、私は仕事を始めてから東京へ。とても好きなまちだったのですが2人目を妊娠した時、育児をもう少しきちんとやってみたいなと思ったんです。私や夫のように子どもも自然に親しめる環境で伸び伸び育ってほしい、それを一緒に体験することで自分にも良い変化があるのでは、とも考えました。京都に決めたのはまず双方の実家が近く、東京へのアクセスも良いこと。それから京都のまちは伝統を大切にする一方で革新的な部分もあること。それに毎日山が見え、お水もおいしい…。いろいろ考えてベストな場所だったんです。学生時代に通学して土地勘もありましたし。
田村さん 僕は長岡京市の出身で、大学卒業後「5年したら帰ってこよう」と東京に出たんです。卒業前に海外を旅したときたくさんの人から京都の魅力を聞き、その良さに気付いたのと、就職は東京と決めていたものの一生は住みたくないなとも思っていたので。ただ東京にいると京都にどういう仕事、場所があるか、どういう人がいるか情報がなく、その「ない」中に飛び込むのはハードルが高いと感じました。UターンでそうだからIターンの人はもっと不安だろうなと。そこで同じように京都に住みたいという仲間と「移り住むための情報を皆で集めよう」と、2011年に「京都移住計画」をつくったんです。何とかなるめどが付いて12年に仕事を辞め、戻ることにしました。
門川 「東京から京都への移住」、先駆的ですね。今「地方創生」として、地方への移住などについての取り組みが全国的に始まっていますが、お二人ともその前から、自分と将来を見つめて行動されたんですね。今春開催した京都への投資セミナーで、ある海外の会社の方が日本での活動拠点に京都を選んだ理由としてまず挙げられたのが、暮らしやすさで上司や同僚が喜び、妻が喜び、さらに子どもが喜ぶこと。京都には集積する大学や、約340社が入る京都リサーチパークなどビジネスに役立つ環境が整っていますが、そういう説明は後回し。家族が喜び、自然や文化が豊かで子育てがしやすいと利点を挙げ、だから企業の投資を京都にすべきだとPRされました。私も常々「住むなら都」と言っていますが、実際に家族で移住されていかがでしたか?

自然と調和したまちで人の縁を紡ぐ
田村篤史さん本上 高い建物が少ないので空がとても広く、山が近くに見えます。普段の生活で自然が目に入ると、とても穏やかになりますね。東京で6年間過ごした上の娘もすぐ慣れて、あっという間に京言葉みたいなものを話し始め、毎日鴨川などで走り回ったりごろごろ転んだり。近くで採れた野菜が並ぶ食卓を囲むとき、近所をお散歩するとき、そんな何気ない毎日の中で「こっちに来て良かったな」と感じています。
田村 僕は東京に比べ職住近接、仕事と暮らしが近いのが京都の魅力だと思います。東京では仕事で会った方とその後の関わりが少ない。一方、京都はまちのサイズがコンパクトで、自分で小商いする方も多いので仕事を離れた所でもばったり会ったりと、一回の出会いがずっとつながっていく。その感覚が心地よく、縁を感じやすいまちだと思います。ご縁といえば、福岡のIT 会社さんから、京都の古民家を改装しオフィスにしたいという相談をいただいて。「京都移住計画」の不動産担当を中心に、いろんな人を巻き込んで壁塗りや床張りなどをしていたんですが、その現場に本上さんもいらしたそうで。
門川 そうだったんですか!
本上 その会社の社員の方が私の幼なじみの弟だったんです。面白いことをやるから遊びに来たらと言われて娘を連れ、壁塗りに少し参加しました。
田村 皆マスクをしていたので分からず、後で知って。それで今回の機会をいただいたものですから、ご縁がありますねと。

大切な「そともの」の視点
門川 まさに数珠つなぎですね。ところで私は京都に生まれ育ち、京都を出ることなく仕事をさせていただいていますが、お二人のように京都を離れた方や来られた方が京都の魅力をよく語ってくださる。東京に住んだ方に「東京では京都のような地蔵盆がない」と言われたりね。
本上 ないです、ないです。暮らし始めて3年目になりますが、私は京都をもっと学びたい気持ちが強くなってきました。昔から住む方にとっては身近すぎて「そんなに珍しい?」と思われることも、外から来た人間だからこそ目に留まり、すくい上げれば何か新しい発信ができるかもという思いが芽生えてきて。京都新聞でも京都の暮らしについて連載させていただいているのですが、先日その取材で琵琶湖疏水の船下りをしたんです。疏水事業がいかに大変だったか、まちの人たちがその恩恵をどう活用してきたかなどたくさん学べました。建造物としても、とても美しいですよね。「こんなにすごいものが! ぜひたくさんの方に見てほしい」と心から思いました。
門川 明治維新からわずか20年で世界最先端の技術を応用して成し得た、当時の京都人の高い志による一大事業ですね。加えて、先人たちは当時の都市衰退の危機を乗り越えようと、未来を担う人づくりのため全国に先駆けて小学校を創設するなど果敢に行動されました。今は人・富・情報がどんどん首都圏に流れ、渦を巻いていますが、わが国全体の発展のためにはそれとは違う渦を地方から起こしていかなければ。その役割を果たせるのは京都をおいて他にない、全国が元気になるために京都が先頭に立っていきたいと考えています。
田村 実は今「移住計画」は福岡や岩手などでも始まり、京都から広がりを見せているんです。おっしゃるように東京には渦があり、引力があります。東京に対峙(たいじ)する引力はいろんな所でつくれるはずですが、出発点として京都はとてもいい。関東の学生に比べ京都の学生はまちづくりなどに興味や関心のある人が多く、彼らが京都で得た経験をふるさとに持って帰れば各地で引力を生み出していけるのでは。それと地方を発信するのに大事なのが本上さんのような「そともの」の視点で、それは商品や物づくりにも生かせる。例えば弁当文化。「デコ弁当」などの美しさや繊細さは日本ならではだとおっしゃるフランスの方が、面白いと感じた弁当箱を京都から海外に輸出しています。そういう「そと」の視点を取り入れるのも面白いのではないかと思います。

誰もが心豊かに暮らせるまちへ
門川大作京都市長門川 いいですね。日本人が大事にしてきた生き方、暮らしの美学を見つめ直し、次の世代に伝えていくのも、大都市でありながらわが国古来の精神文化が継承される京都の役割でしょう。そのために京都市では国が示した「地方創生」の柱、つまり「まち」「ひと」「しごと」の創生に加え、「こころ」の創生も掲げています。
本上 生まれたばかりの赤ちゃんにも「こころ」がありますよね。うれしかったら笑うとか、ちゃんと感情がある。そんな子どもたちが笑顔でいられる環境づくりに、今2人の子を育てる母親として、とても関心を寄せています。ただ、今は核家族で共働きの家庭も多く皆、余裕がない。うちも子どもの世話を夫とどう分担し合うかが日々の関心事で。子どもをおおらかに育て、その「こころ」を育むのに、家族だけでは負担が大き過ぎる。そこで小さなコミュニティーが密にある京都ならではの利点を生かせたら。うちはご近所さんに子どもたちを一緒に見守ってもらえている安心感がすごくあります。たくさんのお母さん、お父さんがそう思えるまちになればと強く思っています。
門川 昔は大家族が多くて子育て中の人を皆身近に感じたものですが、互いに人のお役に立とうとする文化を取り戻したいですね。世界一安心安全なまち、優しさあふれる笑顔のまちへ。お年寄りも障害のある方も、子育て中の方も妊婦さんも誰もが暮らしやすいまちをつくるために、いっそう力を注いでいきます。ありがとうございました。




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