京都大好きトーク!

第四十一回 大政奉還150年!歴史に学び、未来に生かす
門川大作京都市長 × 磯田道史さん(歴史学者、国際日本文化研究センター准教授)
門川大作京都市長さん・磯田道史さん 対談写真
門川大作京都市長さん・磯田道史さん 対談写真
門川大作京都市長さん・磯田道史さん 対談写真
門川大作京都市長さん・磯田道史さん 対談写真
門川大作京都市長さん・磯田道史さん 対談写真
二条城・二の丸御殿大広間にて


<プロフィール>
磯田道史(いそだ みちふみ)/1970年岡山県生まれ。2002年慶應義塾大大学院文学研究科博士課程修了。茨城大人文学部助教授、静岡文化芸術大文化政策学部教授などを経て現在、国際日本文化研究センター准教授。専門は日本近世・近代史・日本社会経済史。03年の著作「武士の家計簿」で第2回新潮ドキュメント賞、10年第15回NHK地域放送文化賞、「天災から日本史を読みなおす」で15年第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。NHK「英雄たちの選択」などテレビ出演多数。

国の新たなデザインは京都から
磯田道史さん門川市長 古文書から読み解かれた歴史を、独自の視点で分かりやすく紹介してくださる磯田道史先生。昨春、国際日本文化研究センターに! ようこそ京都に。とてもうれしく心強いです。
磯田さん 今回の赴任は里帰りにも似た気持ちがありまして。実は祖父が京都市の土木担当の職員だったんです。渡月橋の設計が一番心に残っていると話し、「京都での仕事は本当に誇らしかった」と。そんな縁のある京都ですので、「いつまでいるの?」と聞く妻に「いつまでも」と言い続けています(笑)。
門川 ぜひ、よろしく。そもそも、歴史学者を志されたのは?
磯田 地元・岡山では自宅の庭で弥生式土器が拾えたんです。小学校の隣には古墳があって「あんな巨大な物が1600年前に!?」と興味を持ち始め、図書室で歴史の本に没頭してはチャイムが鳴っても教室に戻らない問題児に(笑)。「歴史では食べられない」と散々言われた世代ですが、今や産業構造が変わって歴史や文化がサービス業とつながり「食べられる」要素に。歴史こそ経済の足腰になると思うようになりました。
門川 そして今年は大政奉還150周年。今日はその舞台・二条城に来ていただいています。この歴史的大転換を先生はどう見ておられますか?
磯田 まずこの国が動くとき、その「デザイン化」が京都でなされてきたのは間違いない。日本が最も地方分権化したのはいつか。それは応仁の乱(1467〜77年)の直後です。
門川 応仁の乱勃発から今年で550年。先日、東軍の大将・細川勝元邸跡の小川児童公園(上京区)に「東陣(ひがしじん)」の説明板が立ったんですよ。
磯田 さすが京都、歴史の節目が重なりますね。応仁の乱で焼け野原になった京都からおよそ10万人が各地に散り、日本の「中心」がなくなった。しかしその後、信長・秀吉・家康という3人の天下人が現れ、再び京都は数十万人規模の都市に。そして徳川幕府は豊臣家を滅ぼした直後の1615年、「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」の体制を敷く。時は流れ、幕府の求心力が緩んでくると、今度は皆で悩み、天皇中心の世にと京都で藩際外交が活発に。結果的に徳川は追いやられたけど、政権移行は平和裏に。これこそ大政奉還の大いなる意義だと思いますね。
門川 外国の方が驚かれるんですよ。「この二条城で江戸時代が始まり、世界でも珍しい戦争のない期間が約260年続いた。そしてその後、平和のうちに大政奉還が実行された」と話すとね。
磯田 京都では、圧倒的な「見える化」により戦乱がやむということが繰り返されてきました。秀吉は聚楽第を平安京の大内裏だった地に建て、世の一変を見せつけた。それを悔しく思った家康は、関ケ原の戦いの後巨大な二条城を造営。そして公家たちを集め、天皇の行動を規定し、武士に官位を与える権利を認めさせる「禁中並公家諸法度」を、この舞台装置を使って発効しました。だから、その体制のリセット=「大政奉還」もここで行われる必要があったんです。
門川 なるほど。
磯田 なぜ京都か。天皇のいる地であるのはもちろん、もう一つ重要なのは情報発信・言論の中心だったこと。江戸期、出版社といえるものはほとんど京都にありましたから。そう考えると今、京都復権には情報発信力がキーになると思っています。
門川 東京一極集中でも、情報の集中が何より心配です。しかし文化庁がくることで、京都にも情報が集まり、京都から文化を国内外に発信できる。
磯田 経済の伸び方から考えても今後、文化が国や地方にとっていかに大事かと思いますね。

京都が果たす大きな役割
門川大作京都市長門川 折しも大政奉還150周年記念事業が、京都市が全国に呼び掛けて22都市の連携で始まっています。来年は明治維新150年。日本の未来のために行動した人々の志と近代国家150年の歩みを振り返ることで、これからの未来を考える契機にしたいですね。
磯田 150年前の課題は、武家政権の下で構築された伝統社会が立ち行かなくなり、西洋のモデルに設計し直すことでした。しかし150年たってそのモデルは必ずしも通用しなくなっている。新たに台頭している国々は、最も快適度の進んだ社会として日本を見、その日本を煮詰めたものとして京都を見ています。「よそもん」の僕からすると、京都人の役割はより大きくなる気がしますね。
門川 長く都だった京都は「いりびとさん」によってつくられた側面もあるんです。松尾大社も伏見稲荷大社も渡来人が主に造ったもの。人や文化を受け入れる力がまちを発展させてきた。
磯田 確かに。渡月橋も「よそもん」であった私の祖父が架けたんですからね(笑)。そういえば実際京都に住んでみて、日々普通の人に驚かされます。物知りな方が本当に多く、いろんな場所で情報交換しておられる。
門川 このまちを未来に継承するために今、日本初となるさまざまな制度を市民の皆さんと一緒に考えています。例えば市が指定した町家を壊す場合、1年前の届け出が必要とし、壊すまでに価値を共有した人が「買いましょう」と申し出られる仕組みです。
磯田 京都でも町家がものすごいスピードでなくなっていますもんね。でもつぶすのもつらい決断、持つ人も負担がないような良い方法はないかなと思っていました。
門川 従来の町家は消防法・建築法上、改修・建て替えが難しいのですが、伝統文化・産業、コミュニティをつなぐためになんとか手を尽くしたい。町家を守り、暮らしの美学が息づくまちを継承できたら、日本は人口・経済規模が小さくても100年後も輝き続けられると確信しています。
磯田 実は元禄時代(1688〜1704年)、世界人口6億人のうち3千万人、つまり20人に1人が日本人でした。それが2100年には200人に1人になると考えられています。そうなっても日本は世界の尊敬を集め続けられるか? 幸いなことに京都は非常に知的な都市。人口の1割が学生というのも素晴らしい財産です。頭が柔らかい時期をここで過ごし、多様な価値観を各地に広げられる。だから私も、なるべく若い人向けの講演をしたいと思っているんです。

歴史に学ぶ未来のまちづくり
門川 磯田先生は歴史の教訓を未来に生かそうと、過去の地震の研究も続けておられますね。
磯田 ええ。京都は何度も地震に遭っていますが、今は文政京都地震(1830年)以来、約200年巨大地震のない猶予期間です。この間に耐震補強などをしっかり進めないといけません。
門川 町家の耐震はもちろん、京都に2900くらいある橋の耐震補強も大切です。東日本大震災の後、直ちに全調査を行い、耐震化に取り組んでいます。
磯田 何より恐れるべきは直下型の地震。余震も怖く、文政地震では半年ほど続きました。そうなると1年近く観光客が来ませんから、その間観光産業が耐えるための対策が必要。例えば一種の「見える化」を。余震続きでも「この建物は大丈夫」と市が認定するとか。
門川 建物の耐震化はもちろんですが、未来の京都ファンを増やすため、修学旅行生の確保も重要です。一時年間96万人まで減りましたが、少子化が進む中で110万人まで回復させることができました。食事のアレルギー対応も旅館組合と管理栄養士、保健師がタッグを組んで徹底的に。
磯田 データを見ると、宿泊時期の分散化もかなり進んでいますよね。
門川 閑散期対策の徹底が効果を上げています。「京都ウインタースペシャル」では、老舗や新進気鋭の料理店のメニューを1万円などの定額で提供、「新幹線代も惜しくない!」と全国から多くのお客さんが来られるようになりました。繁忙期と閑散期の差がピーク時の3.6倍から1.5倍に縮まった「時期の平準化」をさらに進める必要があります。また、有名な観光地への「場所の集中」も大きな課題です。時間帯も昼から夕方の間に集中。そこで二条城ではこの夏、朝7時から開城します。(7月1日〜8月31日)
磯田 当面「分散化」が京都のキーワードですね。ところで私は娘に、「京都は外国人のまちなの?」と聞かれたことがあります。道行く外国人があまりに多く、不思議に思ったようでして(笑)。でもこのとき、京都には世界の人が見たいものがたくさんあり、わざわざ来てくれるんだと改めて気付いたんです。だったら僕も、親切心を持って案内したいなと。
門川 60年前にできた市民憲章でも「旅行者をあたたかくむかえましょう」「良い風習をそだてましょう」とうたっています。小中学校では、自分のまちの文化を英語で説明できるよう取り組んでいるんですよ。
磯田 京都は「狂言してます」「能面打ってます」なんて趣味の人が普通にいるまちですからね。英語で説明できたらとてもいいし、私も努めたいと思います。
門川 「働き方改革」が叫ばれる今、暮らしの中に文化のあるまちの価値を皆で再認識し、行動したいですね。昨年京都は、ロックフェラー財団の「100のレジリエント・シティ」に選ばれました。自然災害やテロ、サイバー攻撃などの混乱から早急に回復し、より強靭(きょうじん)になる。同時に人口減少や地域力の減退に挑戦するのがレジリエント・シティ。100年単位でものを考え、持続可能な都市を目指します。今日は歴史から学ぶまちづくりの大切さを痛感いたしました。これからもぜひ教えてください!
磯田 こちらこそ、よろしくお願いします。




第41回対談を印刷する

第40回対談を印刷する

京都新聞COM 〒604-8567京都市中京区烏丸通夷川上ル