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| 井伊直弼の肖像画(彦根市・清凉寺所蔵) |
幕末の「安政の大獄」を主導した大老井伊直弼(なおすけ)ゆかりの滋賀県彦根市の井伊家当主や市長が21日、刑死した水戸藩士4人の墓参を水戸市で行う。同様の墓参は長州藩の吉田松陰、福井藩の橋本左内に続く第3弾。直弼が旧水戸藩士らに暗殺された「桜田門外の変」から来年で150年になるのを前に、関係者は「志士の墓参は今回が最後で、因縁にけじめをつけて交流を深める機会にしたい」と話す。
■桜田門外の変、来年で150年
刑死した水戸藩士は、藩主・徳川斉昭側近だった家老の安島帯刀(あじまたてわき)や右筆役の茅根伊予之介(ちのねいよのすけ)、京都で朝廷工作をした鵜飼吉左衛門(うがいきちざえもん)、幸吉父子の4人。直弼が日米修好通商条約や将軍跡継ぎ問題で斉昭と対立し、大獄の刑死者(8人)では水戸藩が最多だった。
墓参するのは井伊家18代当主の井伊直岳彦根城博物館長、獅山向洋彦根市長ら7人。水戸藩開藩400年記念シンポジウムに参加した後、墓前に参列。水戸市の加藤浩一市長らも同席するなか、哀悼の意を捧げる。
両市は明治維新から100年後の1968年に「親善都市」となり和解した。今回、彦根市側が「井伊直弼と開国150年祭」開催に合わせ「歴史的わだかまりを完全になくすけじめにしたい」と水戸市側に申し入れた。
井伊館長(40)は「立場は違えど直弼も志士も国のことを考えて生きたと思う。先人をしのび、交流につなげたい」と話している。
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