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遺体の声、治療に生かせず <見つかった被爆者資料>

広島に原爆が投下された2カ月後、京都府立医大の原爆調査班が撮影した被爆した少女(故荒木正哉府立医大名誉教授が「反核京都医師の会」に寄託)
広島に原爆が投下された2カ月後、京都府立医大の原爆調査班が撮影した被爆した少女(故荒木正哉府立医大名誉教授が「反核京都医師の会」に寄託)

 京都帝大医学部の天野重安助教授や東京帝国大から、被爆者資料を持ち去った米軍医アベリル・リーボウが、イエール大教授として49年に発表した論文には、解剖した被爆者に番号が付されている。京都に帰って報道部で、リーボウ論文、広島大の米陸軍病理学研究所(AFIP)資料のデータを表計算ソフトに入力し、京大論文記載の25例と照合してみた。

 広島大・原爆放射線医科学研究所が所蔵する米軍返還の生体試料(AFIP資料)など米軍が割り振った症例番号と日米の医学論文を突き合わせ集計していると、それが断ち切られた被爆者一人一人の人生だったことを忘れそうになってしまう。

 例えば米軍ナンバー、259113。35歳女性 爆心からの距離千メートル。9月9日死亡。

 京都帝国大の原爆調査班に加わった中川定明医師(川崎医科大名誉教授)の追想記に合致する記述があった。要約する。

 9月10日、牛田(広島市)での解剖第1例。担架で運ばれる前日死亡した女性遺体と、付き添う小学1年ぐらいの女の子。「その子は京大班に向かって、黙ったまま、あどけなく頭を下げた」。女性の父は「あれは私どもの止めるのも聞かずに、毎日必死になって夫や子どもの屍体を探しに街へ行ったのです。たった一人になったこの子がかわいそうでなりません」とむせび泣いた。

 牛田に着いた調査班に駐在さんが声を掛けた。裏に患者がいる。「お疲れさんでしょうが、後でひとつ診てやってつかあさらんか」。「それがのう、急に原子病にとりつかれたと思うと、はや、ものも言えんで、のどを掻(か)きむしって苦しんじょります」。患者は髪が抜け落ち、みかん色に染まった目で医師を見つめる。のどを指し、そこが痛いと告げようとする。京大班が持っていたのはカンフル剤だけだった―。

 京都市右京区の森美子さんは92歳。長崎県の大村海軍病院で20歳の頃、水を求める被爆者の声に追われていた。大津市の日赤救護看護婦養成所を卒業した1945年春、召集令状「赤紙」が届き、同病院に看護「滋賀班」約20人の一員として配属された。

 長崎への原爆投下で次々に患者が運び込まれた。「やけどにガーゼを貼っても、明くる日はウジがたまってました。アメリカ兵が患者の資料やカルテを持ち去りました。その影響で治療が立ち遅れたと思います」。京都で森さんは後年、熱や肝障害に苦しみ、被爆者手帳(救護被爆)を取得した。

 遺族が、愛しい家族の体を解剖に提供することを承諾した思い。原因不明の病を医学が解明してくれると願ったはずだ。治療に生かさず遺体の一部やデータを米国に持ち去ったとすれば、それは人体実験というしかない。

 昨秋。日合弘京大名誉教授に出会った。米軍から被爆資料引き渡しを要求された天野重安京大教授が64年に亡くなり医学部に献体されたとき、解剖に加わった。

 日合名誉教授は2014年から3年以上かけ、帝大時代から京大病理学教室に伝わる未整理の書籍資料を調査してきた。医学部内の施設移転などに伴い長く手つかずだった段ボール93箱分。歴史に向き合い、丹念に約1万点のリスト化を終え、学術目的の調査に限り公開する準備を進めている。

 多くは国内外の貴重書で、戦前の藤波鑑博士資料もある。京大病理学教室は日本各地で発生していた「地方病」の原因を追い、日本住血吸虫病やレトロウイルスの働きなどを解明した。幾多の患者の願いとともに。

 日合名誉教授がある段ボール箱を開けると、天野が関わったとみられる被爆者の生体試料が見つかった。

 ガラスのプレパラートに、薄いピンク色の組織片が重ねられている。手のひらにのるほどの小さな木箱に収納されている。20枚以上。日合名誉教授から発見を聞くまで、もう廃棄されたのかと、あきらめかけていた。

 京大に被爆者の生体試料がわずかでも残されていることが確認されたのは半世紀ぶりのことだ。米軍に屈せず、反核運動の起点が京都にあった証しは、人知れず、ずっと生体試料が保管されるはずではない片隅で、眠っていた。

 占領期7年も被爆研究の公表が米軍の軍事研究の都合で封じられ、その間にも被爆者は亡くなった。京大で発見された生体試料は医師たちの忸怩(じくじ)たる思いも物語る。そして広島や長崎の資料と関連付ければ、放射線医学の礎であり続ける。

(12回続きの4回目)

 【次回】 京大の原爆調査班の論文に、石川太刀雄金沢医科大(のち金沢大医学部)教授の援助とあるのに気付いた。どきりとした。石川は京都帝国大医学部出身の医師。戦争中は旧満州(中国東北部)にあった関東軍防疫給水部、通称「731部隊」に所属、ペストなどを研究していた。米国が日本人に行ったように、「治療なき研究」でなかったか、次回はさらに歴史をさかのぼる。

【 2018年01月18日 20時24分 】

ニュース写真

  • 広島に原爆が投下された2カ月後、京都府立医大の原爆調査班が撮影した被爆した少女(故荒木正哉府立医大名誉教授が「反核京都医師の会」に寄託)
  • 従軍看護婦だった森美子さん(京都市右京区)
  • 京大原爆調査班の論文記載の被爆者データと米陸軍病理学研究所(AFIP)のデータが一致した例
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