出版案内
福祉事業団
京都新聞AR

ランドセル、いつから普及? 小学生の背中に時代の波

色とりどりのランドセルを背に登校する子どもたち(3月23日、京都市伏見区・藤ノ森小)
色とりどりのランドセルを背に登校する子どもたち(3月23日、京都市伏見区・藤ノ森小)

 京都新聞の1面コラム「凡語」(2017年12月13日付)について、80代男性などの読者から「ランドセルは戦後に普及したとあるが、私は昭和5(1930)年生まれだが戦前にも普及していた」との指摘が寄せられた。ランドセルは、いつからどのように全国に広がったのか。歴史と変遷を追った。

 ■都市部は1930年代、戦後から全国に

 家族らから贈られたお気に入りのランドセルを背に登校する小学生の姿は、今では各地で見られる朝の光景だ。まずは現在の小学生の様子を取材しようと、3月下旬に京都市伏見区の藤ノ森小を訪ねた。かつては定番だった黒や赤以外にも、ピンクや茶、水色など色とりどりのランドセルを背負った児童が笑顔で校門をくぐっていた。

 こうした光景が日常的になったのは「戦前か? 戦後か?」。答えを求め、学校の歴史に詳しい京都市学校歴史博物館(下京区)に赴いた。

 和崎光太郎学芸員(40)が1枚の絵を見せてくれた。1936(昭和11)年の国定教科書の挿絵で、ランドセルを背負った少年が描かれている。すると普及したのは戦前? 「正確には、都市部で広がるのは1930年代ごろ。それ以外にも普及するのは1950年代ごろです」。いずれも正解のようだ。

 和崎学芸員は続ける。戦前、多くの子どもは帰宅すると家の仕事を手伝っていたが、紙や鉛筆が普及したことで、30年代に都市部の一部で家庭学習が広まった。書物など重い勉強道具の持ち運びに、ランドセルが重宝されるようになったわけだ。

 その背景には、厳しい「受験戦争」があった。当時、大学に進むには尋常小学校を卒業後、試験を受けて旧制中学校などに入らなければならなかった。サラリーマンという言葉が広がったのもこの時期で「卒業する大学による給料の差が激しく、小学6年で将来を決めないといけなかった。ランドセルは子どもの生活を大きく変えた」と、和崎学芸員。

 とはいえ、まだ肩掛けかばんなどを使う子どもが多く、和崎学芸員は「宿題が出て教科書を持ち帰って勉強する、今に近い形に落ち着くのは50年代」という。

 幕末にオランダからもたらされた軍隊の背嚢(はいのう)「ランセル」をルーツとするランドセルは、1885(明治18)年、日本の学校で初めて学習院が通学用かばんとして使い始めた。「学習院百年史」には、人力車で通学していた子どもの心身を鍛えるためと、「陸軍の背嚢も参考に」作り、歩いて登校させたと記されている。

 一部の上流階級で生まれた文化は70年ほどかけて各地に広がった。そしてその姿形や意味合いもまた、時代とともに変わっていく。

 ■60年代後半は受験戦争と格差の象徴

 1960年代半ばになると、ランドセルは「逆風」にさらされた。年々価格が上がる中、格差が広がると批判を招き、過熱する「受験戦争」の象徴とも見なされた。65(昭和40)年には兵庫県西宮市の教育委員会がランドセル廃止を打ち出した。

 この時期、ランドセルに代わる通学かばんが生まれた。68(同43)年に販売が始まった「ランリック」。ランドセルとリュックサックを掛け合わせた形で、安全を意識した黄色のナイロン製だ。開発した向日市のメーカー「マルヤス」を訪ねると今は青や赤も並んでおり、京都府南部や丹波地域、滋賀県や関東、九州の一部で使われていると、鈴木大三社長(63)が教えてくれた。

 製造のきっかけは、67(同42)年にある小学校長から寄せられた保護者の声だ。「お金がなくて、子どもに豚革のランドセルを買ったらいじめられた」。当時のランドセルは重かったといい、故鈴木正造前社長は安くて軽いかばんを求められた。ランドセルの平均価格が4千~5千円だった時期。ランリックは594円だった。

 教科書や学校の配布プリントのサイズが変わり、ランドセル業界が「A4判対応」などと打ち出した時期は、ランリックも大きくなった。「使いやすいのが一番。親子で使う家庭も多く、かわいがってもらっている」。鈴木社長は半世紀の歴史を振り返った。

 ■少子化、10年前から高級志向に

 ランドセルの平均購入価格は10年ほど前から再び上昇している。日本鞄(かばん)協会ランドセル工業会によると、2万円近く上がり、2016、17年度の調査では5万1300円。高級皮革を使ったものやオーダーメードも多く、10万円を超えることも珍しくない。「2万円台も作っているが、なかなか買っていただけない」という。

 「少子化で親だけでなく祖父母、おじ、おばまで喜んでお金を出すようになった」。子どもに関するビジネスを研究する大正大(東京都)の白土健教授は高額化の流れをそう分析する。

 6年間使えば、1日当たり40円余り。ただ、一度の出費は大きいとの声も。白土教授は「富の象徴になり、格差助長につながるならば良くない」と懸念を示す。

 白土教授には他も気になることがある。昨年11月に東京都の小学1~3年生20人のランドセルを量ったところ、最も重くて9・7キロ、平均7・7キロあった。

 11年度以降の「脱ゆとり教育」で教科書のページが増えたほか、塾の教材を大量に詰め込む例が目立った。重いものを背負うと子どもの体に不調が出るとの海外の研究成果もあるという。白土教授は言う、「大人や学校、国の希望…。重すぎる期待を背負わせることにならなければよいが」。

 <読者の疑問に応えます>

 京都新聞朝刊の新企画「読者に応えるページ」(毎週土曜)は、ニュースに対する読者の疑問、質問を基に取材しています。住所、氏名、電話番号を明記し、記者に求める取材テーマを報道部「読者とつながる」係へお寄せください。電子メールはminna@mb.kyoto‐np.co.jp。ファクスは075(252)5454。

【 2018年04月09日 17時00分 】

ニュース写真

  • 色とりどりのランドセルを背に登校する子どもたち(3月23日、京都市伏見区・藤ノ森小)
  • 1968(昭和43)年から販売が始まったランリック。鈴木社長(右)が持つのが最初期モデルで、改良を重ねて背丈やマチの部分も大きくなった(左)
  • ランドセル関係の主な出来事
京都新聞デジタル版のご案内

    教育・大学のニュース

      政治・社会

      カネミ油症で子世代の救済訴え
      三者協議で患者団体

      20180623000115

       西日本一帯で1968年に起きた食品公害「カネミ油症」で、国と患者団体、原因企業カネミ倉..... [ 記事へ ]

      スポーツ

      日本代表の足元サポート 京都サンガのホペイロ松浦さん

      20180623000118

       サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会で活躍する日本代表の本田圭佑選手(32)や吉田..... [ 記事へ ]

      経済

      昭和に途絶えたマドレー染復活 京都女子大生ら職人技再現

      20180623000113

       京都発祥で昭和期に途絶えたとされる染色技法「マドレー染」の模様を生かした浴衣が初めて商..... [ 記事へ ]

      観光・社寺

      京都スタジアム「ぶっ飛んだ仕掛けを」4年半ぶり専門家会議

      20180623000034

       京都府が亀岡市のJR亀岡駅近くで計画している球技専用の京都スタジアム(仮称)について、..... [ 記事へ ]

      環境・科学

      学会、新出生前診断指針見直しへ
      年度内に意見とりまとめ

      20180623000107

       日本産科婦人科学会は23日、妊婦の血液で胎児の染色体異常を調べる新出生前診断の指針の見..... [ 記事へ ]

      国際

      日韓で「風雲の政治家」悼む
      金鍾泌元首相死去に

      20180623000108

       【ソウル共同】日韓関係や韓国現代史で大きな存在感を示し23日に92歳で死去した金鍾泌元..... [ 記事へ ]