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進む脳科学、でも解けぬ心の謎 <変わる生の形・心と脳>

高橋教授が脳の研究に用いているマウス(京田辺市・同志社大京田辺キャンパス)
高橋教授が脳の研究に用いているマウス(京田辺市・同志社大京田辺キャンパス)

 脳の謎が解ければ心は分かるのか。古くから哲学や科学の領域で考えられてきた難問の一つだ。いまだ議論百出といった様相ではあるが、医療や科学を考える上で避けては通れない。現代科学に残された大きな謎と言える。

 脳に電極を刺したマウス、縦3メートル横4メートルの迷路を走り回るラット…。京田辺市にある同志社大脳科学研究科の高橋晋教授(42)の実験室では、動物を使って脳生理学の実験が進んでいる。「実験機器の開発が進み、少しずつ脳の仕組みは解明されてきつつあります」

 主な研究テーマは海馬にある「場所細胞」。自分のいる場所を把握する機能を持っていて、「脳内の衛星利用測位システム(GPS)」と言われる。アルツハイマー病の患者では場所細胞が損なわれ、居場所が分からなくなるケースがあるという。2014年のノーベル医学生理学賞の授賞対象になった。

 ラットでは、迷路を通っている過程で各地点によって活動の高まる脳細胞が異なっている。高橋教授は、ラットが何度か通った迷路の曲がり角で立ち止まって正しい方向がどちらか迷っている時、過去に通った道で反応した細胞が高速度で活動していることを突き止めた。「外見からは見えない動物の『心の動き』を捉えたと言えます」と説明する。

 心の働きは脳の電気活動で全て説明できるのだろうか。問いかけると「脳科学者としてはそう思っています」と返ってきた。一方で、「『心』の定義は多様。全容が解明するのは遠い未来でしょう」と語った。

 脳は人体の中で最も謎に満ちた臓器と言え、関心が高まって当然かもしれない。「心脳問題」(朝日出版)という共著もある文筆家の吉川浩満さん(45)は「脳への関心の背景には、知識や知能を重んじる情報化社会がある」と指摘する。米国では合法的な薬物を摂取して試験勉強するという動きもあるという。

 脳を操作する手法は増え続ける可能性が高い。吉川さんは「将来的には人々の行動は何でも脳で決まっているとされ、自由で責任ある主体という人間観は変わる」とみる。心を脳の働きで読み解く技術が高まれば、私たちの内面はすべて外部から「丸見え」になってしまうのだろうか。

 吉川さんによれば、脳科学がどれほど発達しても、決してとらえられない心の領域があるという。「でも説明が難しいんですよね」。吉川さんの解説をまとめると…。

 ≪例えば、この記事を読んでいるあなたがリンゴを前にして「赤さ」を感じたとする。あなたの感じている「赤さ」は、本当に他人に伝わるだろうか。「赤いリンゴがある」と説明しても、周囲は、それぞれが実感する「赤さ」を通してあなたの感じる「赤さ」を推測するしかない。あなたが、自身の脳の電気活動などの科学的データを示しても同じ。周囲の人は、それぞれの実感を通しデータに表れたあなたの「赤さ」を理解するしかない≫

 吉川さんは強調する。「世界の中で特別な『私の心』は、科学の対象にはできない。脳科学の可能性は大きいですが、限界があることを忘れてはいけません」(全12回の4回目)

   ◇

 京都新聞では、iPS細胞が誕生してから10年となるのに合わせて、2016年から連載「いのちとの伴走」を掲載してきた。研究の最前線に加えて倫理やビジネスなどさまざまな角度から、iPS細胞が社会に及ぼす影響を探った。iPS細胞が切り開く未来はまだ不透明だが、一方でロボットや脳を扱う科学は既に、私たちの生命観に変容をもたらしている。最後となる第6部では、現代科学が変えつつある「生の形」の全体像を描き出したい。

【 2018年01月15日 20時44分 】

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