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あと1勝より 充実した“一生”を

女子プロゴルファー
吉川なよ子さん
(2006/11/07)


 私は人と戦うのは苦手なんです。我慢強いように見られますが、性格も本当は弱い。そんな私が、33年もプロの世界でやれるとは思いもしませんでした。体が小さく特別なスポーツ経験のない私が、プロでやるには人一倍の努力しかありません。自分との戦いでもありました。私はがんで2度の手術を受けています。29勝して、永久シードまであと1勝というところまでいきましたが、ゴルフ人生に悔いはありません。いまは1勝より、これからの充実した“一生”が目標になりました。

《吉川さんは昨年から、目の不自由な人が楽しむブラインドゴルフの指導をしている。昨年、日本ブラインドゴルフ振興協会などが主催する大会に出場し、視覚障害のある人と一緒にプレーしたのがきっかけ。ボランティアで教えている》

 毎月レッスンをしたり、コースも回ります。初めはとまどいました。言葉を多くして丁寧に説明するのがいいのか、音を出して分かってもらうのがいいのか。あれこれ考えたのですが、これは考えすぎでした。みなさん、特別なことは好まれません。今は自分で形を作って、体をさわってもらったり、足の動きをわかってもらうようにしています。いい当たりをすれば「うまく打てた」と喜ばれる。上手になりたいという意欲が強くて、私をあてにしてもらっているのがよく分かります。張り合いがあって、できる限りお手伝いしたいですね。

 レギュラーツアーに出なくなって3年になります。いまはアマチュアのレッスンをしたりシニアの大会にも出ています。違う世界の人と交流が増えて、これまでで一番充実しています。こう思えるようになったのも、病気をしてからです。2度のがんの手術が転機になりました。

写真 《吉川さんは1994年の8月、医師から甲状腺がんの告知をうけた。88年には賞金女王を獲得し、通算28勝もあげる輝かしい戦績をあげていた。最初の手術をして、カムバックした翌年には優勝して通算29勝、永久シードまであと1勝に迫った》

 29勝した時、正直、もう目一杯かなと思ったんです。手術後、体力は75歳と言われたのです。その体を元に戻し、維持するために、寝る時間以外、すべてトレーニングにあてました。永久シードは名誉ですが、あと1勝のために、またあのトレーニングが出来るかどうか自信がなかったのです。96年に2回目の手術をして、今度はもう無理だと思いました。

 いままで私は自分のゴルフをすることだけで突っ走ってきました。北海道から出てきて、苦しい環境に負けずに目標を手にしてきたという自負があります。周りを寄せ付けないような厳しい面もみせたこともあります。でも、病気をして、多くの人に支えられていることを身をもって知りました。

《最近の女子プロゴルフ界は、宮里藍さんらスター選手の活躍で人気が盛り上がっている。吉川さんの時代は、岡本綾子、森口祐子さんらのライバルがいたが、テレビなどでいまほど騒がれることはなかった。当時とは選手を取り巻く環境や情報が大きく変化している》

 私たちの時代は忍耐とかハングリーという言葉が普通でした。いまの若い選手はうらやましい。環境はよくて、情報も豊富です。私の時代にそうだったら、苦しい思いをしなくてすんだかもしれません。でもこれだけメディアから騒がれると、意思をしっかりしないと周りに負けてしまいます。その点が心配です。

 私は相手の選手と戦うというよりも、いつも自分がどこまでできるか、挑戦する気持ちでした。自分のゴルフに集中して精一杯やってきました。若い人たちも、自分を見失わないで長く続けてほしいですね。〈写真・遠藤基成〉

(次回12月3日はタレントの遙洋子さん)▲TOP