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最高の音楽求めて 104歳、情熱今も

日本イタリア協会会長
中川牧三さん
(2007/02/06)


 この元気な顔とおしゃれな服装を見ていただきたい。100歳を超えた人に対する、私たちのイメージが変わるに違いない。中川さんは、20代でヨーロッパに留学、イタリアで聴いたオペラに感動した。「日本にオペラを根づかせたい」と、日本とイタリアを行き来して、今も音楽に情熱を傾ける。近衛秀麿、フルトベングラー、マリオ・デル・モナコ…国内外の交遊が、歩んできた道を彩る。「好きなことを好きなようにやってきただけ」と淡々と振り返るが、日本の音楽に対しては「まだまだ」と、厳しい。いくつになっても最高の音楽を求める中川さんに、「衰える」という言葉はないかのようだ。

《中川さんは昨年12月7日、104歳の誕生日を迎えた。いまでもステッキを手に、娘の久仁子さんとよく外へ食事に出かける。ある日の夕食は、来客と一緒のフランス料理だった。フォアグラの前菜から魚料理、ステーキ、デザートのコースをほぼ同じように、おいしそうに口にした。その間、ビールを飲み、楽しく話しながら》

 特にどこが悪いということはありません。元気は元気です。機能が全体に弱ってはいますがね。昔から健康法を意識したことはありません。すき焼きや肉が好きですが、好きな物を食べ、好きなことをしています。

 いまも歌のレッスンはしています。弟子は、大学の名誉教授から20代の若い人まで、たくさんいます。こちらの都合のいいときに連絡して、来てもらってます。熱が入ると、発声やオペラ・アリアを2時間ぐらいやることもありますよ。

写真 《中川さんは京都生まれ。京都二商、同志社大で学び、28歳の時に新交響楽団(現在のNHK交響楽団)指揮者の故近衛秀麿氏に連れられドイツ、イタリアへ留学した。イタリア・スカラ座で初めてオペラを見て圧倒され、オペラに傾倒するようになる》

 近衛さんと2人でスカラ座へ行って、ベルディの「リゴレット」を見たときはびっくりしました。あんなすごいのは初めて。2人で「全然違うなあ」とただ驚いていました。近衛さんから「あのオペラを日本に持って帰れ」と言われましてね。

《その後、ミラノ国立音楽院、スカラ座の歌手養成所で声楽を学び、国内外の舞台でテノールの歌声を響かせた。ミラノではベル・カント唱法を学んだ。イタリア独特の伸びやかで自然な歌唱法。中川さんは今も、日本イタリア協会会長としてベル・カントによるオペラの普及に力を注ぐ》

 日本の音楽は、個人的には良くなってきました。いい音楽家も育ってます。でも、公的な音楽教育をドイツに学んで、昔から間違った道を歩んでいます。音楽はやはりイタリアが本家です。音楽の土壌もとらえ方も違う。日本はまだまだ及びません。

《イタリア留学や国内外で音楽家として活躍した当時のエピソードには、生き生きとした歴史が詰まっている。ローマで当時のイタリア大使の吉田茂氏と花札に興じたこと、戦中の上海で歌手・李香蘭(山口淑子さん)を招いて人気を集めた舞台など思い出は尽きない。一昨年には日伊友好に寄与したとしてイタリアのグランデ・ウフィチャーレ勲章を受賞した。大好きなイタリアのボローニャに家を持ち、今も年に数回は行く》

 イタリアは一番楽しい。向こうでは、音楽がわかる人ということで、好意を持ってくれる。話していてもすぐ理解しあえるんです。イタリアで最高の音楽に触れてきました。それが喜びです。音楽があったから、ここまでやってきました。〈写真・遠藤基成〉

(次回3月4日は詩人・児童文学作家 藤川幸之助さん)▲TOP