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夏の終わりに

 戦争の話題に接すると、思い出す人がいる。もう四半世紀前、当時68歳だった男性は自転車で尋常高等小学校の同級生を訪ね回っていた。卒業は昭和8年春。まもなく戦争が始まり、多くの親友が若くして命を落とした▼そんな仲間がどれほどいて、戦場でどんな最期を遂げたのか。生きている人はどうしているのか。定年後にふと思ったのが発端だった▼遺族会の名簿を基に、遺族宅で戦死状況を聞いた。連絡の取れない仲間は、記憶を頼りに一軒ずつ探した。しかし、強制疎開で引っ越して、行く末が分からない人も多かった▼「友人の元気な顔を見るとほっとした」。その言葉には戦争の時代をくぐりぬけた重さがあった。同級生は約200人。家庭訪問は3年がかりになった。なぜそこまで?と繰り返し尋ねると「好きやった女の子に会いたかったんや」。遠い日の淡い恋心に、目を細めた▼彼よりも後輩の90、80代の人が今夏、抑留生活や学童疎開、軍隊などを語る姿を報じた。初めて演壇に立つ人がいた。「若い人にもっと聞いてほしい」と訴える人がいた。再び戦争の足音が聞こえているのかもしれない▼「71年目の夏」「平和を願う夏」などの目印を記事には付けてきた。今日で71年目の夏が終わる。でも平和を願い、守り抜く努力は終われない。

[京都新聞 2016年08月31日掲載]

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