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布を刺す

 着物の更衣のルールによると、麻や縮(ちぢみ)、絽(ろ)といった透ける薄物をまとうのは7月からだという。だが、昨今の温暖化で、初夏のこの時期、先取りの麻の着物姿に涼を感じる▼織り目が粗く風通しの良い麻だが、古くは一年を通して庶民の衣服だった。木綿に取って代わられたのは江戸時代に入ってか ら。古代や中世の文書の「布」は麻布を指した▼当然、冬は寒い。糸を通して保温性を高める刺し子の技が、東北に残った。青森県のこぎん刺しや南部菱刺し、 山形県の庄内刺し子がある▼庄内の中でも「デザインなら遊佐刺し子」と、先日、京都市内で刺し子展を開いた近藤信子さんに聞いた。定年退職後、「消費ばか りは嫌。ものを作りたい」とふきんから刺し始め、「遊佐刺し子とその歴史」研究会の本を手本に古布に自由に文様を刺すようになった▼本には、庄内平野北端 の遊佐町の女性たちが聞き取り調査し、集めた文様や資料が収めてある。作品展や講習会の開催などを通し、「遊佐」の名を全国に知らしめた▼遊佐の山から薪 をそりに載せて下ろすとき、男衆が着た法被には美しい文様が施されていた。山の神への畏怖に加え、けがをせず、凍えず家族のもとへ戻るように。もしもの時 は誰だか判別できるように。思いの深さが「美」となって表れる。

[京都新聞 2016年05月29日掲載]

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