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災害と考古学

 420年前、残暑の夜に起きた慶長伏見地震は歴史をも動かした。倒壊した伏見城内で数百人が圧死し、京都市中の犠牲者は4万5千人に上る▼朝鮮出兵で苦しむ、豊臣政権下の大名たちに城の再建が重くのしかかる。人心は豊臣から次第に徳川へ。地震後、徳川家内部では秀吉を殺害する計画もあった▼文字が伝える史実を裏付け、地震の規模や社会への影響を推測するのが地震考古学だ。発掘調査では、液状化現象による噴砂と砂脈の痕跡を重視する▼伏見地震の痕跡は、八幡市の木津川河床遺跡をはじめ、神戸市や淡路島の遺跡でも明らかになった。地震考古学の創始者・寒川旭さんは「痕跡の大きさや範囲から、地震はマグニチュード8近い」と言う▼寒川さんの研究を後押ししたのは考古学の泰斗、故森浩一さんだった。森さんも災害史の検証に力を注いだ。例えば、北海道奥尻島の縄文遺跡。不便な高台にあえて集落を築いたのは津波被害を防ぐためとし、「縄文人の知恵に学ぶべき」と訴えた▼森さんゆかりの同志社大をメイン会場に、世界考古学会議がきょう開幕する。4年に一度の「考古学のオリンピック」とも称され、「災害」との関連は主要テーマの一つ。今年は、日本の考古学研究が京都で始まって100年。知のリレーにも注目したい。

[京都新聞 2016年08月28日掲載]

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