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(4)びわ湖産業

豊かな自然、人脈育み成長
琵琶湖を臨む敷地にボートが並ぶ桑野造船。多彩な人脈を生かした独自の技術が光る(大津市堅田)

 琵琶湖の浮御堂に近い大津市堅田の湖岸に、真っ白な競技用ボートが並ぶ。元ボート選手の若い社員が部材を取り付け、出来栄えを調べる。4人乗りのボートは長さ12・5メートル、美しい流線を描く。

 1868(明治元)年創業の桑野造船。安価な海外製品の攻勢で国内メーカーが相次ぎ撤退し、競技用ボートの生産会社は全国で一社だけになった。社長の古川宗寿さん(67)は「琵琶湖でボートを作る歴史ある会社を残したい」と話す。

 全日本選手権大会で14度優勝し、日本代表チームのコーチも務めた古川さん。先代に見込まれて東レを退職し、2000年に経営を引き継いだ。琵琶湖はボート競技のメッカで、選手時代からの人脈を生かして営業や情報収集に奔走する。年間200〜300艇を生産し、国内市場の9割近くを握る。今後はカヌーなど、レクリエーション用のボートも強化する考えで「琵琶湖の魅力を多くの人と共有したい」と夢みる。

 悠久の歴史と豊かな自然を誇る琵琶湖は、多くの産業を育んできた。県民の高い環境意識を背景に、水環境にかかわる企業の立地にもつながっている。

 日東電工の滋賀事業所(草津市)は海水を淡水化する膜の世界最大級の製造拠点で、1986年に操業を始めた。これまでに出荷した膜による淡水供給量は1日500万トンといい、「環境の象徴でもある琵琶湖の存在が事業展開の後押しになっている」と話す。

 美しく豊かな水が多くの産業を支える一方、漁業は低迷が続く。高度成長期に水質の富栄養化が進み、湖岸開発などで魚の産卵場所が激減した。それでも漁業関係者は琵琶湖の魚にこだわりを持つ。

 「琵琶湖のアユをもっと身近な存在にしたい」。彦根市後三条町の木村水産でいけすを見回る社長の木村泰造さん(61)の目は真剣だ。動きが鈍いアユには独自配合のえさを個別に与える。アユ苗として今夏に仕入れ、体長15センチほどに育てた。隣接の加工施設でアユを串刺しにして焼き上げ、全国に出荷している。木村社長は「手間がかかる塩焼きを家庭でも手軽に味わってほしい」と話す。

 琵琶湖産アユ(小アユとアユ苗)の漁獲高はピークの1991年に1983トンを記録したが、2009年は555トンまで減少した。それでも漁獲量、出荷額とも今なお琵琶湖では最大だ。

 日本最大の湖を中心に広がる人脈や風土と密接に絡みながら、「びわこ産業」は成長していく。

アユ苗漁獲 琵琶湖が半数

 アユ苗漁獲量 農林水産省によると、2009年の国内のアユ苗漁獲量は計218トンで、うち琵琶湖産が100トンを占める。アユ苗は養殖用と河川放流(釣り)用があり、全国に流通している。琵琶湖産は友釣りで使うおとりの「追い」がよいと定評がある。

【2011年11月29日掲載】