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生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲

海宝寺「筆投げの間」

歴史小説作家の葉室麟さんとともに、晩年の気配求めて

 京都市伏見区の海宝寺には、伊藤若冲が晩年に障壁画の大作「群鶏図」を手がけたことにちなみ、「若冲 筆投げの間」と呼ばれる部屋がある。全9面の襖絵(ふすまえ)は現在、京都国立博物館(東山区)が所蔵し、残るは当時と変わらぬ方丈のみ。連載最終回、作家の澤田瞳子さんは歴史小説作家の葉室麟さんとともに、この若冲の気配が残る空間を訪れ、彼の追い求めた「夢幻のリアル」に想像力を膨らませた。

たった一人の熱狂、創作の源

「筆投げの間」で若冲作品について語り合う葉室さん(左)と澤田さん。2人のすぐ後ろはかつて、「群鶏図」の襖で仕切られていた=京都市伏見区・海宝寺 撮影・薄田和彦
「筆投げの間」で若冲作品について語り合う葉室さん(左)と澤田さん。2人のすぐ後ろはかつて、「群鶏図」の襖で仕切られていた=京都市伏見区・海宝寺

 荒木将旭住職(49)に案内され、15畳の方丈に入る2人。群鶏図は北側の部屋とを仕切る襖と、東側の壁面と床の間を飾っていたという。葉室さんは「きっと迫力があったんでしょうね」と往時をしのび、「若冲の絵は描く側の思いが強く、精神の緊張が伝わってくる」と語り出した。

 葉室さんは、若冲と同時代、天明の京に生きた与謝蕪村の生きざまを小説「恋しぐれ」に描いている。「蕪村の南画は、見る人の心が落ち着く非常に人間的な作品。でも、若冲の絵はやさしく寄り添う気持ちを拒否する。だからこそ人間の存在そのものに迫るところがあるのでしょう」

 澤田さんも「絵の世界に心を遊ばせるという感じがなくて、ちょっと入り込みづらいですね」とうなずき、「普通はどこか一カ所に焦点を当てて他はぼかすのに、若冲はすべて中心のように描いている」と緊張感の秘密を探る。

 見る人の共感を拒絶するかのような世界。「私たちも一つの小説に3カ月、4カ月と向き合うのはすごく大変。お金のためでも、見る人のためでもないなら、若冲の創作の原動力はどこにあったのでしょう」と首をかしげる澤田さんに、葉室さんは、ある編集者の言葉を借りて「たった一人の熱狂だったのではないか」と想像する。「自己との対話を重ねて精神を鍛えていった。ただ、完全な孤独でもなかった。同時代には蕪村がいて、(円山)応挙がいて(池)大雅がいた。同じようなことをしている人が近くにいる。それって案外大切なことかもしれない」

 小説「若冲」には理解者が登場する。最終盤のモノローグは、若冲の作品世界から紡がれた澤田さんの想像力を締めくくる言葉になっている。

追いかける旅、まだまだ

群鶏図障壁画の1面(北側の壁貼付) 京都国立博物館蔵
群鶏図障壁画の1面(北側の壁貼付) 京都国立博物館蔵

 伊藤若冲生誕三百年として幕を開けた二〇一六年も、間もなく暮れる。

 この一年、若冲の作品は全国各地の美術館・博物館に出陳され、多くの若冲関連本、さらには若冲グッズなども発売された。猫ブームによる経済効果・ネコノミクスは二兆円とも言われるが、ならば「ジャクチュウミクス」はいったいどれほどの効果があったのかと考えてしまう。

 若冲と交流があった医師・川井桂山は、若冲の生きざまを詠(うた)った漢詩の中に、「以竢千載具眼徒」との句を記した。これが真実、若冲が語った言葉かは不明であるが、優れた目を持つ人物を千年でも待とうという激しさは、稀代(きだい)の画人たる彼にいかにもふさわしい。

 ならばその死後、わずか二百余年にして訪れたこのブームを、泉下の若冲はどう眺めているのだろう。予想よりも早く具眼の士が現れたと感心しているのか、それともまだまだ真価をわかっておらんなと苦笑しているのか。

 絵のみに耽溺(たんでき)し、世事を顧みぬ人物と思われていた若冲の人物像が、「京都錦小路青物市場記録」の記述によって再考を迫られたのは、つい数年前。また昭和三年に当時としては破格の三千円あまりの値をつけられた「鯨白象図屏風(びょうぶ)」、昭和八年出版の図録を最後に所在不明となっている「釈迦(しゃか)十六羅漢図屏風」など、行方不明の大作が複数ある一方で、七十年ぶりに所在が明らかになった「菜蟲譜(さいちゅうふ)」、北陸の旧家で発見され、行方不明の「鯨白象図屏風」と類似した構図で注目された同名屏風など、若冲作品は今なお各地から見つかっている。ならば今後どんな作品・資料が見つかり、どう若冲研究が進むのか、それは誰にも分からない。そんな先の見えなさもまた若冲の魅力の一つなのだとすれば、我々は彼の謎に少しでも近づきたくて、その絵を追い求めているのかもしれない。

 若冲イヤーは間もなく終わる。だが彼を追いかける旅は、まだまだ果てがないのである。おわり

小説『若冲』より

 うちは--うちは知ってますえ。あんたはんがどないな思いを、自分の絵に込めてはったか。あんたはんがどれほど不幸で、どれほど幸せやったんか。伊藤若冲の絵を好む誰が気付かんかったとしても、うちは一つ残らず全部覚えてますえ(第8章 日隠れ)

【2016年12月28日掲載】