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(6)JR美濃赤坂線(岐阜県)=5・0キロ

わずか数分 中山道の宿へ

【上の写真】美濃赤坂駅に到着した電車。駅の構内は広い(岐阜県大垣市)
【下の写真】駅近くの「お茶屋屋敷跡」。牡丹園で有名だ

 岐阜県の西端、JR東海道線大垣駅から西北の美濃赤坂駅までを結ぶ盲腸線がある。東海道線の支線で、わずか距離5・0キロ、所要時間6〜7分。通称美濃赤坂線と呼ばれる。終着駅のある大垣市赤坂町は、かつて中山道の赤坂宿として栄えた地である。

 4月半ば、大垣駅発午後0時51分の列車に乗った。この後は2時間半ほど便がない。一日に20往復足らずのダイヤは朝夕に集中している。

 東海道線を西に戻り、約3キロ先で本線から右に分岐してすぐ中間の荒尾駅。ここから終点までは、家並みの間を直線で北上する。

 美濃赤坂駅の直前でレールが左右に分かれる。北に2キロ少しの金生山(きんしょうざん)から石灰石を運び出す西濃(せいのう)鉄道の貨物線で、ディーゼル機関車に牽(ひ)かれた十数両ものホッパー車を見かけた。

 到着した旅客ホームは1面1線しかないが、向かいには屋根のある大きな貨物ホームや何本ものレールがあり、構内は広い。大きな平屋の駅舎は無人で、窓口も券売機もない。駅務室は、JR東海ではなく西濃鉄道が使用している。

 列車はすぐに折り返し、次の便まで3時間近く間が空いた。地図を頼りに、北へ続く道路をたどる。走り抜ける自動車は多いが、人影はほとんどない。

 数分で石灯籠(どうろう)と道標が立つ四つ辻(つじ)に出た。旧街道の追分で、東西に延びる旧中山道から北に谷汲(たにぐみ)巡礼街道、南は伊勢に通じる養老街道と説明がある。南西角の広大な矢橋邸が辺りを圧し、その隣に脇本陣跡がある。

 そこから東へ歩く。公園になっている本陣跡を見て、貨物線の踏切を越えると杭瀬(くいせ)川の水運を利用した赤坂港跡。ここに建つ赤坂港会館の人の話では、中山道歩きのグループがよく訪れるそうだ。途中で立ち話したお年寄りは、金生山にある明星輪(みょうじょうりん)寺からの眺めが良く、1月の初虚空蔵(こくぞう)は盛大だと、少し誇らしげに言う。

 卯建(うだつ)のある古い家が並ぶ町なかを散策した後、駅近くの「お茶屋屋敷跡」まで戻ってきた。徳川家康が岐阜城の御殿を移築させた将軍上洛(じょうらく)時の休泊所跡で、800株の牡丹(ぼたん)園で知られる。駅前の案内板には、4月下旬から5月上旬にかけて花見客でにぎわうとあった。

(次回は5月24日掲載予定です)

JR美濃赤坂線

【2010年4月26日掲載】