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(4・完)改革の落とし穴 ドイツ文学者 池田浩士さん

理念ないと「政治の道具」にも
いけだ・ひろし 京都精華大客員教授。1940年大津市生まれ。慶応義塾大大学院博士課程修了。京都大教授を経て2004年に京都精華大教授、09年から現職。「日本寄せ場学会」87年〜92年会長、現在は運営委員。著書に「大衆小説の世界と反世界」「虚構のナチズム」など。

 近現代世界で、最も民意を反映した政治家はナチスドイツのヒトラーです。独裁者というイメージは一種の虚構で、ヒトラーは民主選挙で支持され、人々の欲望や不満をすくい取って実行した。その結果、悲劇が起こった。民衆の自発的な参加がその推進力となった事実は覚えておくべきです。

 ヒトラーの政治といえば、劇場型の演説が知られますが、本質的には「改革」を訴えた政策そのものが国民の心をとらえた。しかし実は、そこには観念的な「ゲルマン民族至上主義」以外に、長期的な展望も理念もなかった。主には失業者対策が目玉商品だった。それは、郵政民営化や「小さな政府」を訴えた小泉政権にも似ている。大改革を断行したとされるが、後の政権はすぐに路線の修正を迫られた。実は、自民党政治への不満のガス抜きに終始し、民意にふたをしたのです。

目先の利益ばかり

 政治家は理想に従って国家を作っていく気構えがないと、常に対応が後手になる。差し迫った問題を解決するにしても、未来像をどう描くかという視点は欠かせない。それがないから、北朝鮮の核実験などの「危機」が起きるたびに右往左往し、北のミサイルに対し迎撃を準備せよという暴論が飛び出す。古い憲法だから現実に合わせた改定を、という発想に陥る。目先の「国益」の議論に気を取られて、憲法の精神を実現するにはいかに行動し、現実を変えていくべきかを粘り強く考える努力を放棄している。

 国民の側も、政治家に長期的な視点をどれだけ求めているでしょう。私たち自身、子や孫の世代にどんな社会を残したいのかを突き詰めて考えているでしょうか。自分たちが生きている「今」の事情を優先するあまり、その場しのぎの「改革」しかできない政治家を生み出している。

 「米国の繁栄第一」を掲げるオバマ大統領を礼賛するつもりはないが、どんな社会を目指すのかという基本姿勢を、少なくとも彼は明示した。市場経済の在り方や環境問題、そして核軍縮について、こうあるべきだという将来像を問い掛けた。「理想論を言う暇があったら、景気回復だ」と繰り返す日本の首相との違いは歴然です。

 理念なき「改革」の最たるものが、地球温暖化をめぐる政策です。二酸化炭素の排出削減を求めながら、高速道路料金の割引や無料化のような政策を自民党も民主党も競うように出す。目標と今日やることが矛盾している。未来のことを考えない習慣が染みこんでいる。

国民の知恵を活用

 「民意」を読むだけでなく、国民の良識や知恵を活用することが大切です。例えば、市民運動の存在にもっと目を向けていい。社会全体から見れば少数派かもしれないが、環境や人権など多様な分野で地域に根を張り、あるいは国際的に活躍している組織の役割はきわめて重要です。移ろいやすく、時に身勝手にもなる「民意」とは違って、理念と目標に沿って活動する人々から、学ぶものは大きい。

 私は長く、劣悪な環境で働く日雇い労働者が集まる「寄せ場」の研究にも携わってきました。日本の繁栄の陰で、社会の矛盾や弱さが凝縮していて、昔は「寄せ場に立つと世界が見える」といった。でも、今は日本中が「寄せ場」のようです。フリーターや派遣労働者の問題にも通じるのに、政治家は最大の寄せ場の「山谷」や「西成」には無関心です。人が人として生きる権利が無視されている現実から、政治は目を背けてきた。

 例えば、日雇い労働者向けの宿泊施設を作ろうとすると、地元住民から反対運動が起こる。人権上必要な施設なら、説得するのは行政だけでなく、政治家の責任でもある。ところが、理念がなく、票にもならないから、多くの政治家は逃げる。

 理念に現実を近づけていくのが政治の基本であって、逆ではない。そこには強い人権意識がなくてはならない。目先の利益だけで民衆をあおり、政治への不満を対立や敵意にすり変えるとき、民意は「政治の道具」になってしまうでしょう。

私が望む3つの資質

◆理想を掲げてたたかう姿勢
◆少数派を尊重する精神
◆「底辺」への深いまなざし

【2009.07.10掲載】