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(1)力を抑制する姿勢 霊長類学者 山極寿一さん

10年先の日本の姿 具体像示せ
やまぎわ・じゅいち 日本霊長類学会長。京都大大学院教授。1952年生まれ。京都大大学院博士課程修了。京都大霊長類研究所助手を経て、現職。ゴリラの社会進化と生態学的適応、共存がテーマ。著書に「家族の起源」、絵本「ゴリラとあかいぼうし」など。

 ゴリラの雄を見ていて、かっこいいと思うリーダーは普通以上にゆっくり行動し、セコセコしてないゴリラ。力を抑制しているのが、リーダーの条件です。動物行動学でハンディキャップ理論というのがある。例えば大きな角のシカがいる。その角は実際の生活にはむしろ負担。そのハンディを負いながらも健康に生きているってことは、つまり本当に力が強いってこと。ゴリラのリーダーは、相手に背中を向けて悠々としている。一貫したゆるぎない姿勢があれば、多少のはったりでも、みんな信頼する。

 リーダーには、自分たちの未来を託すわけです。人間は食料をいったん集めて、あるルールや長老の経験をもとに配り直して共存してきた。それが政治の構造で、そこが人間と類人猿との違い。税金を集め、再分配するのが公共サービスです。

目線、レベルを同調

 公平な再分配を実現するには、人々を納得させる力が背後に必要。だから、圧倒的な力はあるけれど、抑制してみんなに合わせて行動してますよと、目線やレベルを同調する能力が重要になる。ここ3代の首相は、抑制して相手に合わせる余裕、構えがなかった。国会の演説や答弁で、感情を抑制して国民に語り掛ける姿勢が大事。ゆったり振る舞う態度が信頼を生み、それが力になる。

 なぜかと言うと、人間は高度な文明を獲得し、動物と全く違うと思っていても、人を選ぶ作業や評価する作業では、極めて動物的感覚を指標にしているからです。人を評価する基準はいまだに、言葉より態度や顔の表情、視覚に支配される。だから、これだけ情報システムが発達しても面接という制度は残る。判断基準を視覚に頼るのは、人間は木の上でサルから進化し、3次元の感覚が発達したからです。地上に下りた今もそれは残っていて、例えば目上や目下、話す位置関係に敏感。人間の社会性は視覚によって培われたんです。

 それで言うと、現代の政治家はテレビというメディアに対する自覚と訓練が足りない。広い空間で聴衆に話す時と、近くのインタビュアーに答える態度は、声の大小や高低、顔の表情など全く違う。遠くの人には声は低く、なるべくゆっくり、力強く話すけど、近くの人とは相手の期待に沿うようにモニターしながら、喜ばせたいという気持ちで語るもの。それが人間の社会性です。

 麻生太郎首相は、目の前の記者を意識する傾向が強い。テレビの向こうにいる大衆には、すごく姑息(こそく)に映ってしまう。多くの政治家もそれに気づいていない。オバマ大統領はそれができていて、怒りの表現や人々を諭す表現は目の前ではなく、もっと先の大勢の民衆に向けられている。

好きか嫌いで判断

 ただ、僕が危惧(きぐ)するのは選ぶ側の方。現代の日本人が動物的な感覚が強まり過ぎていること。伝統の重みとか宗教の教理を信じない。伝統や慣習ができた経緯には、知恵や経験が詰まっているのに。好き嫌いをベースに判断する。人々が分断されていて自分の感性しか信じられない。だから、劇場型の感覚的な政治に向かってしまう。よいリーダーを選び出すには、その母体とその中の人間関係がしっかり固まってなければいけない。

 人間が動物と最も違うのは、未来への大きな幻想です。未来がなければ、生きていく希望を持てない。未来を切り開く力と理念があるのがリーダー。小泉純一郎元首相はそれがあった。彼についていけば違った未来が開けると思わせた。今から考えれば、とんでもないことも言っていたが、その態度に引きずられた。

 日本の悲劇は、近未来幻想を持てなくなったことです。60、70年代は、豊かな生活への飢えと期待がないまぜになって前へ進んでいったが、今はない。高速料金割引とか目先ばかりでなく、10年先の日本をどうするか。地方分権で、どうなるのか。地に足が着いたイメージを示し、人々に希望を抱かせる誠実なリーダーが求められていると思います。

私が望む3つの資質

◆ゆるぎない態度
◆再分配する能力
◆未来を切り開く力

【2009.07.17掲載】