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(3)真剣な姿勢 歴史学者 伊藤之雄さん

言葉の重さを見分けよう
いとう・ゆきお 京都大大学院法学研究科教授。1952年、福井県生まれ。京都大大学院博士課程修了。名古屋大文学部助教授などを経て、94年から現職。専門は日本政治外交史。京都市市政史編さん委員会代表。著書に「昭和天皇と立憲君主制の崩壊」「山県有朋」など。

 今回の選挙は、各党が積極的にマニフェスト(政権公約)を出し、ある意味で国民の声を聴こうとしている。ただ経済的にも厳しい中で、本当に実現できるのか、まじめに考えているのか、疑問がある。マニフェストの文面そのものより、その党が、その政治家が、どこまで真剣に政策を実現しようとしているか、そこを見きわめる選挙です。

 私が研究している日本の近代の政治家と比較すると、言葉の重みが違う。例えば、2年後に国会を開設すると言った参議の大隈重信は1881(明治14)年、薩長藩閥との対立もあり、憲法公布と国会即時開設がならずに下野した。ほかの政治家も言葉に厳しく責任を負った。それに対して今の政治家の言葉は、軽く感じる。社会全体が情報過多で大きく変動していて、検証されることが少ないからかもしれない。

大きな視野で

 それでも米国のオバマ大統領は言葉の重みがある。言葉が誠実で、彼自身、その言葉を信じている。それは、長い大統領選挙期間中、論戦やインタビューで言葉が鍛え上げられ、ごまかせないからです。

 オバマ大統領は「核兵器のない世界」「人種融和の社会」を提示し、その場しのぎのばらまきのようなことはしていない。理想を語っている。日本の各党のマニフェストは八方美人で、どんな国にするのか、具体的な将来像が見えない。この選挙を通して国民自身も言葉の重さを見分け、選挙後にはマニフェストがきちんと検証されることが必要。言葉が変わっていく機会になればいい。

 近代を通じて政治家に必要なものは何だったのか。明治の政治家、伊藤博文を見るとよく分かる。物事の困難さをよく知っていることだ。明治維新の後、西洋化、立憲主義で議会制を導入し、制度改革を進めないといけない。それはみんな分かっていた。大隈や福沢諭吉は2年で国会を開き、政党政治を作れると思っていたが、伊藤はその困難さを知っていた。憲法の制定は制度を変え、選挙法など付属法を作らねばならない。国のかたちを作ることだからだ。実際に、アジア初の立憲制となったトルコは性急に憲法を作った結果、すぐに破綻(はたん)、より専制的な政治になった。

 伊藤がそのように見通せたのはなぜか。それは世界的な大きな視野があり、長期的に物事を考えていたからです。伊藤は幕末イギリスに密航し、英語を習得し、明治になって大蔵官僚として渡米。廃藩置県の前、アメリカの共和制に関心を持ち、その成り立ちをいち早く学んでいる。遠い将来、議会制政治を思い描いていたのだろう。外国をよく研究し、大きな視点で国の在り方を考えていた。その視野が、今の政治家に最も欠けている部分ではないだろうか。

生き延びた力

 政治リーダーとして大事なのは、伊藤やオバマ、世界恐慌時の大統領フランクリン・ルーズベルトに共通する明るさ。困難なことを困難と理解して、その上で楽天的で明るい。絶望せず、希望を与えていく。その楽天性の源泉は、自分は死んでしまうかもしれない、没落するかもしれない、という中で生き残ってきた力です。ルーズベルトは小児まひ(ポリオ)を克服し、オバマも人種差別を乗り越えた。伊藤も明治維新の中でいつ死んでもおかしくなかった。明日からどう食べていこうか、生き延びるか、そこをくぐり抜けないと本物のリーダーになれない。

 いわゆる学校秀才は、打たれ弱いことが多い。もっとやんちゃでなければ。既成の教育の中で育って、政治家スクールみたいな所で勉強しても、そこそこの政治家になれても、トップで率いていくのは難しいだろう。伊藤の英語は我流で、発音も変だった。それでも外国人とのコミュニケーションは抜群だった。苦労と困難を経験し、やんちゃで度胸があることが、今の政治家に必要だと思います。

私が望む3つの資質

◆物事の困難さが分かる
◆楽天的で明るい
◆長期的なイメージを持つ

【2009.08.28掲載】