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(4・完)立法のプロとして 政治学者 山室信一さん

脱官僚へ、現場への執着を
やまむろ・しんいち 京都大人文科学研究所教授。1951年熊本県生まれ。専門は法政思想史。東京大卒。衆議院法制局参事、東北大助教授などを経て現職。著書に「法制官僚の時代」(毎日出版文化賞)「思想課題としてのアジア」「憲法9条の思想水脈」(司馬遼太郎賞)など。

 衆院選は民主党大勝に終わったが、各種世論調査を見ると、有権者が最も重視したのは、個別の政策より、「政権交代」という事態だったようだ。マニフェスト(政権公約)の中身は必ずしも賛成ではないし、初の政権ですべてを実現することも期待していない。むしろ注目しているのは情報公開と「脱官僚」の公約実行だろう。鳩山由紀夫代表らがこの点で国民の許容範囲を見誤れば、支持は早々と離れるのではないか。

 選挙期間前から、政治家の資質について多様な意見が出されたが、歴史的な政権交代となった今だからこそ、原点に戻ってほしい。三権分立で国会は国権の最高機関。それは立法府だからで、政治家の最大の役割は法律を作る立法者という基本を忘れるべきではない。

政策通でさえ

 政治家の資質に政策立案能力を挙げる人は多いが、法治国家では、あらゆる政策は法律で決まります。政策の発想はできても立法力がないから、これまで与党議員の大半は官僚に依存してきた。政策通と言われた橋本龍太郎さんでさえ、首相就任後は官僚に頼らざるを得なかった。「政策新人類」と呼ばれた議員の多くも立案はしたが、立法は官僚任せでした。

 民主党が「脱官僚」を本気で目指すなら、各分野で立法のエキスパートを育てないといけない。そこには官僚とは違う、政治家ならではの現場への執着が必要。どこに問題があり、どんな利害関係者がいて、影響の大きさはどれほどか、現場に立たないと測れない。今の政治家には現場を調査する時間が少な過ぎる。地元の盆踊りに出るな、とは言わないが、どぶ板選挙を続けるなら、官僚と渡り合える立法力を持つのは永遠に難しい。

 一方で、専門性を高めれば、その分野では最適な政策を考えられても広い視野でみれば必ずしも最適でないこともある。それらを統合する力が、指導者には求められる。

 これからの政治では、「争点の提示力」が一層重要になるでしょう。いろんな課題を集約して優先順位を決め、国民の心に訴えるように言語化する力。本来は複雑である政治の営みが単純化される危険はあるが、政治の責任とリーダーシップを国民が判断でき、歴史的視野も問われます。

 自民党の派閥政治は、専門性や指導力が機能した時もあった。それが近年は、官僚や業界団体に縛られ、必要な改革さえできないでいた。だから閉塞(へいそく)感を打破するには、小泉改革で支持基盤との関係が崩壊し、下野した今がチャンスです。野党にいれば利益誘導もできないし、企業献金は減る。カネがかからない政治を実現しないと、党の再生はない。反対してきたインターネットやITを使った選挙活動も、若い世代の支持を得るために認めざるをえない。

 テレビで派手なパフォーマンスを演じられるのは一部政治家だけだが、地道な活動をネットで有権者に直接知らせることは若い議員でもできる。候補者の「顔」に頼らず、専門能力を持った人を育成するのは政党の使命でもある。公約を羅列するだけでなく、実現する人材がこれだけいると訴えれば、大きな変化として受け止められる。

現実を直視し

 マニフェストにビジョンがないと自民も民主も批判されたが、絵に描いたもちのようなイリュージョン(幻想)を示すことはかえって有害だ。将来を見据えるのは大切ですが、理念や構想は真空からは生まれない。重い現実を直視しないと絵空事でしかありません。

 オバマ大統領が「核なき世界」を語った背景にも、核兵器の維持コストが米国にとって過重になってきた現状がある。日本の政治家も、いま描くべきは空想的な未来図でなく、現実の世界で生き残る戦略の青写真。例えば、中国や朝鮮半島を巻き込んだ「東アジア共同体」設立や地域の非核化の是非といった具体像を競い合うような姿勢です。政治に関心が戻った今こそ、各党は今後4年間を有効に使ってほしい。

私が望む3つの資質

◆エキスパート性と機能分化
◆現場感覚への執着
◆歴史的叡智(えいち)に基づく構想力

【2009.09.04掲載】