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みんぱくに出会った千家十職

(3)袋師 十二代土田友湖さん(69)
「どの布地も、どこをどう使うかでまったく様子が異なる」と世界各地の布地を手にする土田さん(京都市中京区)
「僕らは仕立職人。これまで物に沿わせて作っていく仕事をしてきました。何かを選ぶのは大変で」。茶入を包む仕服(しふく)や服紗(ふくさ)を手がける袋師。もとより、自らが仕服の中身を選ぶことはない。
 国立民族学博物館(大阪府吹田市)の収蔵庫で、インドの水入れを手にした。「何回か行って、なぶってみて手にとってみて。これならそんなに難しくないやろうと」。倉庫では小さく感じた。口もそう長くない、と思えた。
でも、いざ仕事が始まるとそうはいかなかった。焼き物で左右の形が違うものはいくつも扱ってきた。金の物でも、器の中心線でみてきた。通常、茶入は丸い。どこかで採寸すれば、デフォルメがあっても同じ寸法になる。しかし、長い口がついた水入れは、型紙から違った。

世界中から材料

インドの水入れ(右)に合わせ、土田さんが制作した大燈金襴写仕服。「きれいに沿わせるのが難しい」と
 「していったら、それはあたり前のことなんですが、それがなかなか。常の仕事との違いがわかるまで、思いのほか苦労しました」
 仕服の裂地(きれじ)は、新しく織らせた大燈金襴(だいとうきんらん)写を使った。「古いものやから、新しい裂地で包んでみたいと思いまして」。さらに、インドネシアの聖水入れ容器には瓔珞文(ようらくもん)紹巴の新作織を使った。文様に少し手を加え、色合いを現代風にしたオリジナルだ。
 「古い家やから、同じようにしているかというと、どこもそうではない。昔ながらのことを守りながら、自分の思いや今お茶をしている人の気性と合わせるのが職人やと思います」
 今回、世界各地の布を服紗や古服紗にも仕立てた。段ボール箱二つ分から、おもしろそうなもの、変わったものを選んだ。
 「昔は袋にできるものは使った。着物の残りであったり、お寺や神社のお下がり、伝来の名物裂など。お茶に使える、ということが基本にあって」。もちろん、すべてが使えるわけではない。生地が弱かったり、寸法が足りなかったりして仕立てができない素材もある。それでも、はさみの入れ方で、様子がかわるおもしろさ…。見立て、取り合わせの妙がある。
 「地球の裏側の材料もあった。利休さんの時代なら、その辺の地域のはなかったでしょう」と笑顔を見せる。

次代は長男に

インドネシアの聖水入れ容器(右)に制作した瓔珞文紹巴仕服。古い土器に、現代的な色合いを取り合わせた
二十六歳で後を継ぎ、四十年以上が過ぎた。「長いことなったと思うのはつい最近」。今回、特別展に合わせ、長男の半四郎さん(40)も樂吉左衞門さんの茶入の仕服を制作した。「半四郎は代を継ぐ前の名前です。この名前で、公に仕事をしたのは今回が初めて。息子を表に出させてもらう一つの機会にもなりました」
【2009年3月26日掲載】
土田家 初代半平は西陣織の仲買を営むかたわら、千利休らの袋物を仕立てていた袋師亀岡宗理に技術を学び、家業の一切を譲られた。表千家六代覚々斎に出入りし、七代如心斎に「友湖」の号を贈られた。五代のころから、服紗も扱うようになった。