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みんぱくに出会った千家十職

(5)茶碗師 十五代樂吉左衞門さん(60)
スペインの赤土で焼いた「ワン アフリカンドリーム」の一つ。「縦の線は釘彫りで。コンゴの仮面の影響かな」と樂さん
赤に白、黒。力強さと野性味をたたえ、洗練された大ぶりのワン(わん)がそろう。高台はなく、手のひらで包み込むように持つ。「ワン アフリカンドリーム」と名付けた一連の作品は、使い慣れた仕事場の土とともに、フランス・ルビニャックの赤土、リモージュの白土、スペインの赤土と黒土を用いた。練り合わされた土は、互いの個性をさらに引き立て合う。
 かねてプリミティブアート(民族芸術)に心を寄せてきた。樂美術館にはインドネシア・スンバ島の石造品や木肌の優しいベンチなども置いている。
 しかし、国立民族学博物館(大阪府吹田市)の収蔵品はアート感覚で見るものではなかった。わらじや棺おけ、アイロン、鍋、土器…。「あらゆる行為にかかわった人間の足跡、生まれてから死ぬまでの歩みが混沌(こんとん)としてあった。その中から、選ぶということがどういうことなのか。自分の中の基軸がないと選びきれない」

ヒョウタンやコンゴの仮面 異色の土練り、包み込むワンに

「手に取れればいい。お茶会でも同じ。だから高台もつけなかった」とワンの起源を見つめて制作した樂さん(京都市上京区)
 茶碗師として基本に据えたのが「ワンの原点を感じるもの」。原始的な生活でも、水を入れ喉(のど)を潤す行為は同じだ。素朴な器の源流をさかのぼると、ヒョウタンや帽子に目がいった。大小のヒョウタンは、形も面白い。きれいなもの、グロテスクなものもあった。
 同時に興味を持ったのがコンゴの仮面。「ひかれちゃまずい」と思いつつ、強烈な魅力に影響を受けた。「自然に自分の中に降り積もる無数の断片があった。それがつながり、作品として生まれてくる」と感じた。
 「お茶は現代社会において、特殊な趣味的世界。わびの精神、道具や空間、時間の出会いで生まれる」と意識する。でも、「飲む」行為はそれ以前から。人の命を永らえる手段であり、ある種の精神的、心理的世界をも背負っている。「利休さんで止まって、わびださびだではない。もっと大きな目で、民博の収蔵品も、茶の湯も、遠望することも必要」
 展示に際しても、直径三メートル近くの大きな筌(うけ)に、すべてを絡め取った。新作のワンも仮面もヒョウタンも。

フランスのラスコー近くで窯焼き

樂さんの新作に影響を与えたスーダンの主食用容器(国立民族学博物館蔵)
 ワンの一部は昨夏、フランス南西部、ラスコー洞窟(どうくつ)近くの小さな村ルビニャックに約一カ月滞在して焼いた。陶芸家のフランス人の友人宅で、彼が使っている土、釉薬(ゆうやく)を使って。そこは、山がうねっているように連なり、広い空も近くに感じた。
 「日本で制作していると、集中して負荷をいっぱい背負った緊張状態。向こうは肩に乗っかっているものがふっととれ、気楽になれた。体験したことのない面白いできごと」
 研ぎ澄まされた技術や伝統を背負う十職。その枠組みを少し外れ、世界を感じる、世界を見る。還暦を迎え、さらにのびやかに羽を広げる。  「影響を受けることは、葛藤(かっとう)も生じる。それも含めて、次の時代につなげていくことができれば」
【2009年4月9日掲載】
 樂家 初代長次郎は、中国渡来の工人・阿米也(あめや)の子。天正年間に、千利休の創意を受けた茶碗・樂茶碗を生み出した。黒と赤を規範の色とした手捏(づく)ねの伝統を守りつつ、歴代が趣の異なる茶碗を制作、わび茶への意識を具現化してきた。京都市上京区の現在地に居を構えたのは、三代道入からとされる。一九七八年、十四代覚入が母屋に隣接して樂美術館を開設、歴代の逸品を紹介している。