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みんぱくに出会った千家十職

(7)一閑張細工師 十六代飛来一閑さん(45)
「二人で紙張って、漆を塗って」と夫の聡さんと二人三脚で仕事をする飛来一閑さん。新作も互いにアイデアを出し合った(京都市上京区)
 赤い漆に金箔(きんぱく)が散る「神代丸食籠(じんだいまるじきろう)」。華やかな風情をまとった蓋(ふた)を取ると、思わず息をのんだ。そこには、黒漆に金箔が輝く別の宇宙が広がった。
 「いつもより冒険しましたわ」。こちらの驚きを楽しむように、静かに話す。「うちは真っ黒。それも光沢のない落ち着いた漆の色が持ち味。蒔絵(まきえ)もしますが、赤や緑を使うこともあまりないので」
 木地に和紙を張り、漆を塗る一閑張。一九九八年に十六代を継承し、夫の聡さん(44)と二人三脚で、仕事を続ける。紙を張るのは主に聡さん。漆塗りは二人で。底は厚めに、曲線は薄い紙を、と微妙な伸縮も考慮して仕上げていく。
 特別展の企画を知ったとき、「大変やな。できるんやろうか」と思った。何かに触発されて、という仕事はあまりない。茶道具はおおよそ形も決まっている。「自由にして、と言われるほうが難しい。結果的にお茶道具になるにしても、どこまで羽目を外していいのか。規格のあるもんをする方が楽は楽」

夫と二人三脚

「いつもより冒険しました」と内部も華やかに彩った神代丸食籠
 国立民族学博物館(大阪府吹田市)の収蔵庫を訪れると、杉や竹を編んだものが目についた。タイの糯飯籠(もちめしかご)、淡水用筌(うけ)…。「いろんな国で使っているんやなあ」と素直に感じた。ルーマニアの復活祭用卵やペルーの飾りヒョウタンには絵柄の豊かさや色彩バランスで目を奪われた。
 新作は二人で考えた。寸法やデザイン。先に思い浮かんだ方が提案し、試作を作った。「ここをこうしたら」と話し合い、完成したのが、かさね筥莨盆(ばこたばこぼん)と爪紅(つまぐれ)重ね四方(よほう)盆、神代丸食籠の三点だ。
 「お茶道具の寸法とか、まるっきり無視しようと思ったけど、結局お茶道具に、こういう形になってしまった。体に染みついている、これぐらいの寸法がしっくりきた。言葉ではうまく説明できないけれど」
 ただ、「時間があれば、もっと現代的なものを使ってみてもよかったかも。例えばプラスチックとか」。さらなる冒険も思い描く。

世界の色に触発され冒険

新作の食籠に結びついたインドネシアの容器(国立民族学博物館蔵)
 高校三年のとき、先代が亡くなった。後継ぎを強いられたことはなかったが、二十四歳から表千家に出仕した。十職の歴史で女性が正式に代を継ぐのは、先代の中村宗哲さんに次いで二人目だった。「宗哲さんの後を歩かしていただいている。場面に応じて、お聞きできる先輩がいらっしゃったので、安心できた」
 一つ一つの経験を積み重ね、いまがある。十六代を継承し「十年たったとは思わなかった。二人で紙張って、漆を塗って。スピードがびっくりするほど遅いんで」。
 「これからは、どんなものを使い手の方が好まはるんか、勉強せんとあかん」と気を張る。「民博は好きなように作らせてもらったが、世の中に一点しかない、新しいものがほしいという注文も時にある。そういったものも応えていけたら」
【2009年4月23日掲載】
 飛来家 初代一閑は中国浙江省杭州の僧だったが、明から清への時代の動乱を避けて来日。飛来姓は故郷の地名にちなむ。大徳寺の清巌宗渭を通じて千利休の孫・宗旦と交流、一閑張細工を始めた。宗旦の指導で、茶器や香合、莨盆などの制作に励み、わび茶に親しんで「飯後軒」の号も与えられた。歴代の好み物に加え、露地道具や水屋道具なども手がける。