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みんぱくに出会った千家十職

(9)指物師 駒澤利斎家 後見 吉田一三さん(79) 十五代修行中 博三さん(50)
「パーツの寸法を合わせ、角度を変えたりして、全体像をイメージした」と制作工程を思い起こす吉田一三さん(左)と博三さん(京都市上京区)
 白木の木肌が美しい。表面に浮かぶ柔らかい桐(きり)の木目に対し、縁取りに使われた柿の黒がアクセントとなり、表情を引き締める。小ぶりの置き行灯(あんどん)か燭台(しょくだい)を思わせる菓子器は、とんがり帽子のような、きれいな円すい形のモロッコの食料入れ籠(かご)がヒントになった。
 「指物(さしもの)の仕事であることには違いないが、宇宙衛星を作るのに近い思いでした」。一九七七年に亡くなった十四代の甥(おい)で、駒澤家後見として家業を守る吉田一三さんは振り返る。
 利休形をはじめ、代々受け継いできた寸法帳をもとに、これまで仕事を進めてきた。精巧な技術が求められる指物師にとって、きちんとした形を伝えることも大切な仕事だ。しかし、今回は様子が違った。

白木で表す神々しい日本美

白木の木目がすがすがしい菓子器。日本人的な美の原点をたどった
 国立民族学博物館(大阪府吹田市)の収蔵庫にあふれる世界の民具。そこから刺激を受けて何かを作る。収蔵庫を歩き、「いっそ、茶道具を飛び越えよう。まったく違う発想で、木でおもしろいものを」と考えた。
 一方で「日本の十職。その中の指物屋が作る。日本人の持っている簡素さ、神秘さを持っていないと」の思いも離れなかった。頭に浮かんだのは、伊勢神宮の白木。あの落ち着きを、神々しさを、指物で表せないか。何も加工せず、色もつけない。日本人的な美の原点をたどった。
 段ボールや厚紙で全体像をかたどり、イメージを探った。一つ一つのパーツの寸法を合わせ、角度も変えて。普通の茶道具とは違う工程を重ねた。
 最初は中に電気を入れることや、絵を描くことも考えた。でも「指物そのものから変わる。無垢(むく)な木地そのものに、木の絵を。彫り物で絵を描いてみよう」。六角形のふたの三面に、素朴な松・竹・梅の彫り絵が浮かぶ。ただ、平面にする彫り物と違い、思いのほか難渋した、とも。

モロッコの食料入れ籠 木のぬくもりある菓子器に

吉田さんに新作をイメージさせたモロッコの食料入れ籠(国立民族学博物館蔵)
 一三さんの長男で、十五代を継ぐべく修業を積む博三さんは「作りながら、(千利休が生まれ育った)大阪・堺にある灯台を思い出した。伏見の水路の灯台にも見える。見る人にいろいろ考えてもらえば」と話す。日本的な美の先に、想像力でさらなる世界を広げることもできる。
 「木は一度切っても生きている」。二人は口をそろえる。無垢な白木は、空気に触れると次第に色を変える。道具類を作ってすぐの清らかさは、もちろん美しい。ただ、時を経た木肌には、自然のぬくもりが加わる。乾湿によって、微妙な調子の変化もある。だからこその魅力が、時代を越えて伝えられる。
【2009年5月21日掲載】
 駒澤家 初代宗源が延宝年間に指物業を始め、以来、生業としてきた。茶方指物師として駒澤家を確立したのは四代。表千家六代覚々斎に技量を認められ、千家出入りの指物師となった。「利斎」の名を与えられ、以後、代々これを名乗る。七代利斎は、表千家九代了々斎から「曲尺亭」の亭号やのれんの染筆を授けられ、中興の祖とされる。