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(4)京の門掃き

京都市
京都市が作った門掃きのポスター(手前)。住民から門掃きのシーンを切り取った写真も公募した
 以前、地下鉄の駅で見かけた美化運動のポスターに私はちょっと驚いた。きれいに化粧した若奥さん風の女性が立派な町家の前をほうきで掃いている場面に躍る文字は、「門掃きの励行で私たちのまちを美しく。」「門掃き」という懐かしい言葉と、「規則や決めた事柄を実行すること」という意味の「励行」とがそぐわない。京都の人間にとって門を掃くことはごく当たり前のことであり、役所から言われてするものではないと思っていたからだ。
 家の前を「門(かど)」と言うのは京都府全域と新潟県佐渡市、三重県度会郡などに残る方言であり、「門掃き」という単語は方言辞典以外に見えない。自宅前を掃き清める習慣は他地域にも当然あるが、京都でそれが特に「門掃き」と名づけられたのには理由がある。門掃きは単なる掃除ではなく、地域の人々とのコミュニケーションの手段となっているのだ。そこで、今回は「門掃き」という言葉に込められたもう一つの意味を探ってみた。

「おはようさん」で地域円満に

休日を除いて毎日門掃きする職員たち。近所の人とのあいさつも交わす(京都市下京区・京都中央信用金庫堀川支店=撮影・吉田清貴)
 古くからあまり住人の変わらない地域に住む主婦に話を聞きたいと思い、東山区の一般家庭をたずねた。主婦の今堀豊子さん(74)と川端満子さん(76)は、結婚以来五十年近く、門掃きを続けている。特別なことをしているわけではない、と二人は口をそろえるが、門掃きの習慣がない地域から嫁いできた今堀さんは、新婚旅行から帰った翌朝早々、門掃きするよう、しゅうとめから言われたという。「少しでも遅れると、他の家の方が気をつかってうちの前まで掃いてしまわはるので」と今堀さん。近所が皆ほうきを使いつつ、「おはようさん」とあいさつしあうのが円満なおつきあいの秘訣(ひけつ)であり、門掃きの重要な役割なのだ。
 隣の住人がどんな人がわからないといった今どきの住宅事情では難しいかもしれないが、互いにあいさつしあうことで、犯罪や事故を未然に防ぐ効能がある点では優れた先人の知恵といえる。しかし、家庭環境の変化や職業の多様化により、必ずしも門掃きができる住民ばかりではないのも現実である。集合住宅ならば清掃はほとんど管理会社の手に委ねられているし、働きながら子育てする主婦などの朝に門掃きしているような余裕はない。町の美化運動とコミュニケーションとしての門掃きとは分けて考えるべきなのである。
 京都中央信用金庫ではほとんどの支店で開店前に職員が交代で門掃きを行っていると聞き、堀川支店に早朝お邪魔した。特に門掃きとは呼ばれていないようだが、男女の職員が一斉に店舗の周辺を掃き清めている。地域社会への貢献といった気負いは感じられず、すれ違う人々と気軽にあいさつを交わす姿がすがすがしい。
 東京都足立区では、京都にならって「門掃き運動」を展開している。「伝統的な習慣だから」と言う前に、良いところは残し、現代に合わないところは変えてゆくという意識改革がなければ門掃きの存続は難しいのではなかろうか。
(甲南大教授)

貴子のここも注目!

今も門掃きが続いている東山区の一角。主婦たちと一緒に掃除をする田中教授
・気構え  私が門掃きに関心を持つようになったのは、「門掃きせなあかん」と言って母が跳び起きる姿を見て育ったからだ。寝起きの顔をご近所に見せないようにと、母は薄く化粧して寝ていた。さぞ肌を傷めたことだろう。「あんたはマンションに住みなさい。門掃きができるとは思えへんから」と言い聞かされたが、そのせいか今でも朝が弱い私である。

メモ

 【ほうき事情】京の門掃きで使われるほうきはどんな種類があるのだろう? 1818(文政元)年創業のシュロぼうき専門店「桔梗利 内藤商店」=京都市中京区=によると、植物のシダで作られた庭ぼうきやデッキブラシ、竹ぼうき=写真=などが古くから人気という。
 いずれも京都府内産。それぞれのほうきを各専門の職人が作っている。
 シダは水に強く、ごみや砂をしっかり取るのが特徴で、内藤幸子さん(73)は「12月になると新しいのに替えて、新年を迎える人が多いです」と話す。
 このほか、神社や寺の境内や茶室の庭などに使われるこけ庭専門の竹ぼうきや小さなくま手など、京都らしさを感じさせるほうきも扱っている。

【2009年1月15日掲載】