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(5)美人祈願の古今事情

京都市・長岡京市
静けさが満ちる境内に楊貴妃観音はまつられている。桜の木のつぼみが少しずつふくらむ(泉涌寺)
 「美人になれる」。この一言にひかれる男女は多い。昨今は「イケメン」とかいって、男子も美を求める傾向にあるから、女性に限ったことではないのである。
 努力なしに美を手に入れるために、もっともてっとり早いのが神仏におすがりすることだ。高価な化粧品や面倒な運動なしに、ある朝、突然美人になれたら言うことはない。幸い、京都にはそういった美人祈願の場所がいくつかあり、観光客にも人気を呼んでいる。今回は、シミ・シワ・白髪に悩む私がその効能を身をもって体験してみた。

「良縁」か「婚活」か 男性も注目

重要文化財の楊貴妃観音。美しい像を一目見ようと、訪れる人が絶えない(京都市東山区・泉涌寺=撮影・吉田清貴)
 まず向かったのは、以前エッセー(注1)にも書いたことのある長岡京市浄土谷の楊谷寺(通称・柳谷観音)である。ここは古来「独鈷水(おこうずい)」と呼ばれて眼病平癒に効験があるとされる水がわくことで知られ、落語の「景清(かげきよ)」にも登場する。しかし、境内の弁才天堂のそばには「麗顔成就の水」という、顔を洗うと美しくなるとされる水もわいている。
 日下俊英副住職の案内で、十数年ぶりに弁才天堂へ。「麗顔成就の水」は龍の口から出るようになっているが、ふだんは蛇口が閉められている。わき水を手に受けると、清々(すがすが)しく冷たい。弁才天堂にはご本尊の弁才天の前に、昭和時代に信者から奉納された、豊臣秀吉の妻の一人、淀殿(注2)の人形が鎮座している。淀殿はこの水で顔を洗ったから美人になったという伝説が非公式に伝えられているが、その背景については私のエッセーに詳しく書いたので省略する。この寺院は交通の便が良くないためか、美人の水を知る人は少ないようだ。不況の現在、「今太閤」に見そめられるかどうかは不明だが。
 美人になれる、という伝説をたどってゆくと、現代のように「自分磨き」的な美のためというよりは、良縁祈願が本来のかたちだったようである。次に訪れた泉涌寺(京都市東山区)でも、美人祈願と並べて良縁祈願のお守りが授与されていた。
 泉涌寺にある「楊貴妃観音」は、かつては百年に一度開扉された秘仏で、十三世紀に当寺の僧侶によって宋からもたらされたという。観音は変身して衆生を救う菩薩(ぼさつ)だが、楊貴妃観音というのはその中に含まれず、きわめて珍しい通称である。江戸時代の諸地誌には、唐の玄宗皇帝が亡き楊貴妃の姿をしのんで作らせたという伝説が記されるので、この通称が広まったのはこのころである。楊貴妃はいわゆる「三美人」の筆頭でもあり、美人祈願が生まれたのは当然のようだが、強大な力を誇る帝に愛されるという「良縁」が美貌(びぼう)のせいだとしたら、やはりここでも良縁祈願の方が先だったことが推測される。
 良縁が「女性の幸せ」だった時代が過ぎた現代、「婚活」のために男性が「美人祈願」に訪れる日が近いのかも知れない。なお私のシワの行方は…どうぞ聞かないで。
(甲南大教授)

貴子のここも注目!

「麗顔成就の水」を手に受ける田中貴子教授(長岡京市浄土谷・楊谷寺)
・三美人  日本で「三美人」といえばクレオパトラ、楊貴妃、小野小町が定番だが、これがいつごろから言われ始めたかは不明だ。世界的にはクレオパトラ、楊貴妃、ヘレネ(ギリシャ伝説)。なお、楊貴妃は実は熱田明神の化身で中国が日本といくさをしないよう皇帝を骨抜きにした、という伝承が中世にある。美人にはご用心!

メモ

 【美人祈願のお守り】 泉涌寺の楊貴妃観音堂では、美人祈願のお守り=写真=が人気を呼んでいる。種類は楊貴妃観音像を中央に配したものなど4つ。特に人気なのは小さなお札タイプ。かさばらず、財布やポーチのなかにも入れておくことができることから、おみやげとして男性が何枚も買っていくケースも多いという。
(注1)「淀殿の伝説」(『あやかし考』平凡社所収)
(注2)一般的な「淀君」という呼称は、明治時代から用いられた一種の蔑称(べっしょう)。現在では「側室」ではなく「妻だった」という説が有力。

【2009年2月19日掲載】

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