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(1)二つの光景

「無縁」の時代、孤独と仲間と
身寄りは誰一人いない。「無縁仏」の火葬に立ち会ったのは葬儀会社の担当者とボランティアの僧侶だけだった(京都市山科区・市中央斎場)

 まだ溶けきらない雪が残る京都市中央斎場(山科区)。1月のある朝、棺を乗せた寝台車が1台、到着した。寄り添う親族はいない。遺影もない。立ち会ったのは、小さな骨壺(つぼ)を抱いた葬儀会社の女性スタッフ(56)ただ一人だった。

 告別ホールに運び込まれた棺の前に僧侶が立った。京都仏教会が派遣しているボランティアだ。短い読経ががらんとしたホールに響く。棺はすぐに隣の火葬炉のある部屋へと移された。この間わずか5分ほど。棺の人物とは1度も会ったことのない、この女性が閉まる炉の扉に深く頭を下げ続けた。足元から冷えがじんわり立ち上ってきた。

 「こういう人、今年に入ってもう何人送ったでしょうか」。女性が天井を見上げる。

 棺に横たわっていたのは、70代の男性だった。病気のため入院先で亡くなり、身寄りはなかった。いわゆる「無縁仏」だ。誰が葬儀を出すのか、遺骨はどうするのか。病院から依頼を受けた市内の葬儀会社が縁者を捜し続けた5日間、棺には腐敗を防ぐドライアイスが繰り返し入れられた。

 誰にもみとられずに亡くなり、この会社が親族に代わって火葬・収骨まで行う件数は年間約80件。親族がいたとしても、かかわりを拒否するケースも増えている。

 また、たとえ家族がいても、通夜も告別式も行わず、葬祭ホールや自宅で死後24時間たつのを待ったあと火葬場に向かう「直葬」と呼ばれる葬り方も少なくない。市内の別の葬儀会社では全体の2割を直葬が占めるという。

 1時間後の収骨室。女性スタッフが、男性の骨を足の方から丁寧に拾い上げ、小さな骨壺に収めた。最後に「のど仏」を乗せた。「こういう人ほど、のど仏さんがきれいに残るんですよ」。自分に手を合わせてもらっているようでつらい、とつぶやいた。

スタッフのみ立ち会い 皆で参り、ともに眠る

老人ホーム「ライフ・イン京都」の納骨堂。家族や夫婦単位だけでなく、ともに入居した仲間たちと眠れる場所だ(京都市西京区)

 ちょっとした遠足のような雰囲気だった。昨年12月中旬、西京区の老人ホーム「ライフ・イン京都」の入居者とスタッフ計16人が車3台に分乗し、近くの霊園に向かった。ホームの納骨堂への月1回の墓参りだ。

 高台の霊園に到着すると、マフラーや帽子で防寒した高齢者たちは分担してバケツに水をくみ、御影石の納骨堂を丁寧にふいた。花や線香を供える。手を合わせるころ、ふと雲間から日が差し、石に刻まれた文字が照らされた。「皆ともにここに眠る」−。

 納骨堂ができたのは4年前。単身者や墓が遠方にある入居者らからの要望を受け、ホームの開設20周年記念に実現した。入居者が希望すれば誰でも契約できる。現在、26人が眠っていて、運営財団法人の理事経験者たちもいる。

 費用は埋葬(納骨)料と管理費を合わせて一括30万円。骨壺は20年安置した後、合祀(ごうし)する。入居者だけでなく、家族の遺骨も受け入れている。宗教は問わず、墓前で般若心経を唱える人もいれば、賛美歌を歌う人もみられる。

 「亡くなってからもホームにお世話になれるので安心。『無縁さん』になったら寂しいですし。ここならみんながお参りしてくれます」。穏やかに話す女性(67)は、先に逝った夫の遺骨を故郷の墓から移し、自分も生前契約をしている。

 ホームには約300人が暮らす。20年以上過ごす人もいて、最期はほとんどがホームで迎える。一つの町ともいえる「終(つい)の棲家(すみか)」だ。納骨堂の建立に尽力したホーム長の明石陽子さん(62)はいう。

 「ご縁があって一つ屋根の下で長年暮らせば、家族以上の仲になる。亡くなっても、一緒にいられる。もちろん私も死んだらここに入ります」

 葬儀が簡素になり、「家」の墓の継承者は途絶える−。少子高齢化がいっそう進む先は、見送る身寄りすらいない火葬や、家族以外と埋葬される選択肢が増えるかもしれない。連載第2部は、確実に変容しつつある「縁(よすが)」の現状をつづる。

無縁仏の場合

遺骨の引き取り手がない場合、一定期間の経過後、京都市では「市深草墓園納骨堂」(伏見区)に納骨される。納骨堂は一般の市民の利用も可能で、宗教宗派の区別なく合祀される。永年納骨の費用は6000円。市生活衛生課によると、納骨された遺骨は現在、1万体を超えるという。毎年春と秋の2回、慰霊式を行っている。
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【2011年2月4日掲載】