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(11)墓の未来

地域で守る、友人と眠る
地域の住民たちが主体となって整備を進めてきた篠共同墓地。お参りする人も増えてきたという(亀岡市)

 丘の斜面に並ぶ墓石に朝日が降り注ぐ。亀岡市篠町の共同墓地。日曜の朝にもかかわらず、毎月恒例の清掃に男性10人が集まってきた。「ご先祖さんのことだから」。並河治之さん(57)たちは荒れた竹を取り除いた。

 旧篠村・篠区の共同墓地で、約220基の墓がある。大正、明治はもとより、江戸時代の墓もある。

 古くからの共同墓地は、寺院の境内墓地や民間霊園とは異なり、住民たちが守り手だ。だが、人口流動化や高齢化、少子化など社会情勢の変容が、共同体の墓地の維持を難しくしている。

 篠共同墓地もかつては、山際から竹やぶが迫り、足元は雑草が伸び放題で参道も歩きにくい状態だった。10年前、墓地使用者から選出する管理組合委員会の役員たちが奮起し、改善に乗り出した。

 まず、すべての墓と継承者を照合し、墓の配置図をつくった。碑文が読み取れなかったり、継承者が不明の墓も判明。人づてに探し当てれば、「墓があると親父(おやじ)に聞いていたが、自分は行ったことがない」と言われたこともあった。

 規約も設けた。2千円の年間維持費が5年間未納の「無縁墓」は合祀(ごうし)する。地域で宅地開発が進んでいることから、新規転入の住民でも墓を持てるように明文化。通路の舗装や戦没者墓地の補修なども進め、参りやすく整備した。

 当時の管理組合長、井内邦典さん(70)はいう。「先人たちが守ってきた墓地を時代に合う形で、次の世代につないでいきたい」

住民管理で「無縁」防ぐ 「家」とは別に納骨壇を購入

同じ納骨堂をそろって申し込んだ「墓友」たち。「いつか順番にここに入ったら、誰かに一緒にお参りしてもらえる」(京都市東山区・霊山観音)

 墓といえば、「家」を単位に先祖代々の遺骨が納まり、子孫が守っていくもの−。そんな慣習から自由な価値観で、永眠先をとらえる人もいる。

 京都市東山区の山裾、高さ24メートルの霊山観音の裏手に納骨堂がたたずむ。守山市の萬田久美子さん(63)たち女性5人は、それぞれ納骨壇の永代使用権を購入した。移り住んだ新興住宅地で子どもが同級生だった縁などから30年ほどの付き合いになるが、「墓友(はかとも)」にもなろうというのだ。

 萬田さんが8年前に納骨堂をインターネットで見つけた。京都市内で育ち、母親と何度も来たなじみの場所だった。「立派なお墓は要らないけど、心のよりどころはほしい」。納骨壇は木製のコインロッカーのようでコンパクト。生後すぐに亡くなった娘と、兵庫県の墓から分骨した父親が眠っている。

 京都らしい観光スポットにあり、季節感も感じられる立地で、手ごろな永代供養料−。萬田さんの勧めもあって、友人4人が後に続いた。うち、3人は納骨壇が隣り合う。

 二ノ宮満恵さん(64)は「事後承諾」で夫を連れてきた。夫も気に入ってくれたが、その1年後に急逝。二ノ宮さんは「納骨堂を見てもらっておいて本当に良かった」という。東京の墓とは別に分骨するつもりだ。

 「私たちも余命が短くなっている」というのは、西井富美子さん(59)。いずれ夫とともに眠るつもり。社会人の息子2人は実家を離れて暮らしているが、「京都見物に来たついでにお参りして」と話している。

 同じく2人の子を持つ梶本とし子さん(57)は「墓をどうするかは、子どもたちがそれぞれ選択したらいい」という。

 いつか寿命をまっとうしたら、家族だけでなく、残った友だちが一緒に参ってくれるはず。「亡くなってから入る場所があって、誰か来てくれると思えば、安心できるね」。墓友たちは、うなずき合った。

    ◇

 墓や葬儀に対する人々の思いは確実に変容している。伝統や習慣を大切にする人がいる一方で、受け入れられない人も増えている。大切な人を弔うとき、さまざまな価値観があっていいはずだ。

=第2部おわり

墓友

 同じ墓地や納骨堂に一緒に入る仲間を指す造語。生前申し込みで知り合ったのを機に親交を深めたり、もともとの友人同士が同じ場所を選んだ場合などがある。いずれにしろ、墓に一緒に入るのは一族や夫婦といった従来の考えとは異なる価値観に基づく。家で墓を守り継いでいくことが難しくなってきたことも背景の一つ。
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【2011年4月22日掲載】