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新春座談会「京都文化と心」

効率より過程大切に 人間らしい生き方を
伝統文化の役割について話す(左から)千宗室、池坊由紀、梶田真章の各氏(京都市中京区・本社)

 東日本大震災に原発事故、台風の大水害と、2011年は未曽有の大災害に見舞われた1年だった。消えることのない悲しみを抱えながら、それでも私たちは次の一歩を踏み出さなければならない。そんな中にあって、日本人の心に寄り添ってきたお茶やお花、宗教に代表される京都の伝統文化は、どんな役割を果たせるだろうか。年始にあたり、各界を代表する3氏に「京都文化と心」について話し合ってもらった。

出席者茶道裏千家家元      千 宗室さん
華道家元池坊次期家元 池坊由紀さん
法然院貫主         梶田真章さん

「余白」を生かし「余分」を知る   千さん
根本的な軸超えた価値観生きる 池坊さん
震災真っただ中だという意識    梶田さん

 ―昨年は東日本大震災という未曽有の災害に見舞われました。震災とその後の日本の状況をどう受け止めておられますか。

 千 祖母が仙台出身で、人ごとには思えない。小さい時から見知った場所が大きく姿を変え、驚きました。あれをきっかけに、日本人の、いま生きていることへの考え方が変わってきたように思います。それは茶の湯で言う「一期一会」。明日をも知れぬということが、当たり前の考え方として大勢の人に根付き出した。不安感も伴いますが、本来の人間らしい生き方に立ち返らねばなりません。

 池坊 被災された方々や手を差し伸べようとする方の姿から、人はつながることでとても大きな力が出るんだと実感しました。最近は個人主義だと捉えがちでしたが、同じ時代に生きている“ファミリー”として、自分たちのことのように考え、行動や思いを示されたことに大きな希望を感じます。若い方もボランティアに率先して参加し、困ってる人にさりげなく手を差し伸べる。頼もしく思います。

 梶田 地震以後ではあるけれど震災後ではなく、震災の真っただ中だと思うんです。でも、そうした感覚が徐々に失われ、人によって温度差がある。一時は皆が悲しみに寄り添いましたが、その気持ちが続いている方と、自己中心の生活に戻ろうとしている人と完全に分かれてきている。

 震災がなくても自分のことで精いっぱいの方が増えている。だからこそ、震災真っただ中だという意識で、問うていきたい。

 ―これからの日本に京都の伝統文化が果たせる役割はいろいろとあると思いますが、どういう力があるとお考えですか。

 千 「余白を生かす」ことが、京都のみならず日本文化の特色だと思います。例えば、茶掛け。1枚の横物の軸の右5分の1に梅だとか菊だとかの和歌が書いてあるとする。残りの余白は何のためか。その歌を感じて、その人なりの絵を想(おも)い描いてくださいということでしょう。

 余白を生かし、それに向き合う人間のいろいろな思い、見えない色をかけるということが、日本文化を豊かにしてきました。

 ところがモノが有り余る中で、私たちは本来の生き方とは一番遠いところで毎日を送ってきたような気がします。それぞれが立ち止まり周りを見た時、目の前の風景の中に必ず余白があるはず。それを生かすことを考えれば、彼方(かなた)にばかり目線を向けることをやめるようになるんじゃないだろうか。手の届かないモノに、手を届かすのが文明の進化だと錯覚することをやめるところから、日本文化への回帰が始まると思います。

 本当に必要かと、自分に問いかける勇気を持ってほしいし、それに気付くきっかけは、文化だと思う。文化は有り余ったものを整理するために必要なアイテムだと思います。

 池坊 京都の伝統文化には「心を整える」力がある。それは、過程、プロセスだと思うんです。茶の湯もいけばなも、日本の伝統文化は「道(どう)」という言葉がついています。過程を重視してきたことの表れかと思います。

 東京など大都市では歩んでいる過程に目を向けることが難しいのでは。現代人は忙しく、プロセスより目に見える結果を意識します。経済効率よく、いかに大きく還元するかが問われるわけです。

 一方、京都は人間の根本的な生き方を考える宗教や学術、文化、そういった時間軸、または経済の軸を超えた別の価値観が生きている街ではないでしょうか。それを一部の人だけが担っているのではなく、独特の価値観を持ってる方がたくさんいらっしゃる。一過性に大きくなることより、受け継いだ世界を膨らませ、次代にいい形に渡していけるかを考える。それが京都の素晴らしさであり、さまざまな示唆に富んでいると思います。

個々の行動につながってこそ宗教生きる 梶田さん

 かじた・しんしょう 1956年京都市生まれ。大阪外国語大卒。84年、法然院三十一代貫主に就任。寺を芸術発表の場に開放し、年間200回の法話を行うなど、現代における寺のあり方を追求する。著書に「ありのまま」など。

 ―京都の宗教文化についてはどうでしょう。

 梶田 人はそれぞれの思いで生きていることを、認め合っていくことが大事です。一方向に集約していこうとしたのが今までの日本の問題で、私の宗教では、心を整えなくてもいい。整えられないから、浄土に行って仏になろうという仏教で、人間は自己中心的で愚か者同士だけど認め合って生きていこうというのが、800年前の法然上人の教え。だから過程が大事というのは、その通りで、過程を認め合わず、他人に結果を求めるから、自分も求められてしまう。それが今の閉塞(へいそく)感、ストレスにつながっている。

 もう一つ、なぜ京都に毎年、多くの人が来てもらえるのかというと、同じことを繰り返していることに価値があり、そのことをあらためて気付かせてくれるからです。日本人はもともと農耕、漁業社会に生き、同じことを繰り返してきた。近現代は違う方向に合わせてきたが、変わらず繰り返していくところに、京都文化の一つの意味があると思う。

 ―池坊さんは西国三十三所に献華(けんげ)する活動を始められた。どんな思いからですか。

 池坊 普段やっていることを通し、少しでも東日本大震災で影響を受けている方々につながることになればと思いました。

 被災地で、柱しか残っていない所で草が伸びている姿を見ました。誰が植えたわけでもないのに、命が生きようとしている。その時、もう一度原点に立ち戻って、自分が学んできた花の持つ力を確認しなくてはいけないと。いけばなはそもそも、仏に花を手向けて祈ることから始まりましたから。

 先ほど、変わらないところに京都の価値があるというお話でしたが、私は日本の文化は、対象が変わるのではなく、自分がそれを見てどう感じたか、変わったかということに特徴があるのではと考えています。

 いけばなに「出舟(でふね)、入舟(いりふね)、泊舟(とまりぶね)」というのがあります。同じ舟形の器に同じ花材でいけても、人は家族を見送る時、あるいは迎え入れる時、気持ちは全部違う。目に見える部分の違い以上に、見えない部分の変化に重きを置いてきました。

 ―宗教にはどんな役割が求められているのでしょう。

 梶田 日本人は地縁と血縁に生きてきた。血縁のよりどころが寺、地縁は神社。個人の宗教は長らく要らなかったんです。

 800年前、法然、親鸞、日蓮、道元の頃は要りました。でも、だんだん家や村をよりどころにするようになり、個人が神仏に救いを求めなくなった。それが、高度経済成長でよりどころがなくなり、うちの墓は誰が守り仏壇は誰が継ぐんだという時代になった。自分の救いは自分の信心や修行で決めるような、本来の仏教がよみがえらないといけない。

 宗教は長年、日本では内面の問題と思われてきたが、そうじゃない。信じることでどう生きていくかが大事なんです。地縁血縁以外の人と仲間意識を持ち、東日本の被災者にはどんなことができるのか、スマトラには、アフリカには―、というような個々の行動や生き方につながってこそ宗教は生きていく。

 墓や仏壇、位牌(いはい)が流されても、阿弥陀(あみだ)様が救ってくださるからとか、あの世は保障されているから墓とか守れなくても大丈夫、と伝えてあげる宗教者が被災地にいてほしい。

50〜60代こそ日本的なものに目向けて 千さん

 せん・そうしつ 1956年京都市生まれ。同志社大卒。大徳寺で参禅得度、坐忘斎の号を受ける。2002年12月、茶道裏千家十六代家元を継承。文筆家としても知られ、近著に「京都あちこち独り言ち」など。

 ― 千さんが日本人に望みたいことは何ですか。

 千 私と同じ年くらいのお父さんお母さんたちへ。その人たちが日本人の心の乱れに対し一番大きな責務を負っている。

 というのは、自分たちが外国に対して目を向ける教育を受けてきたから、日本のことにほとんど興味がないまま、学校を離れた後も日本的なものに目を向けなかった。

 でも今の若い子どもたちって、毎年10万人以上が茶道を体験しているんです。そういう子たちと話すと「お父さんお母さんに聞いても『知らない』と言われる」と言うんです。

 知らないから一緒に勉強しようという勇気を持ってほしい。体験していないことを知る勇気を持たない親が増えれば、親子のつながりは希薄になり、社会のグループ分けはますますはっきりしていく。そうすると世の中にまとまりがなくなり、伝えるべきものが伝わらなくなる。

 ですから、せっかく文化が育つ土壌のある京都に住んでいるお父さんお母さん、50〜60代の人たちは知らないということを勇気を持って認め、踏み出してもらえたら。自分の中で勝手に知るべきものに対して優先順位をつけて後送りにして「時間がなくてできなかった」と言い訳をするから、ますますデッドストック(不良在庫)が増えていく。

 仕事をし始めた頃、「忙しくて何も好きなことができない」と母に言ったら、「時間は自分でつくるものですよ」と優しくひと言言われた。それ以上は何も言わなかったけれど、いまだに拳々服膺(ふくよう)しています。

 ―お茶の役割をどうお考えでしょう?

 千 茶の湯をもてなしの文化だと決めつけると、大きな間違いを生む。もてなすことは必要ですが、自分の分をしっかりとわきまえてそれを一歩ずつ進める気持ちがなくては人に相対することはできない。「茶禅一味」といわれるように、お茶と禅は同じところがあるんです。お茶は点前をしながら自分の中に戻っていく。自分を見つけるための文化です。

身近な人を思いやることから始めて 池坊さん

 いけのぼう・ゆき 1965年京都市生まれ。89年得度(法名専好)、華道家元池坊の次期家元として、国内外でいけばなの普及活動に努める。95年頂法寺副住職、2007年から日本いけばな芸術協会副会長。

 ―池坊さんは何かメッセージがありますか。

 池坊 日本の伝統文化には自分自身が道を究めるという非常にストイックな世界と、人と人を結びつないでいく世界が共存しています。

 これまでいろいろなところでいけばなを教えてきました。ある時、お花を持って駅を通るのが恥ずかしくて花を持って帰らない男子学生がいたんですね。

 ある日その子がお花を持って帰るようになったんです。「お母さんが喜ぶから」と。文化は理屈を超えて人と人のコミュニケーションを成り立たせる、そういう包容力があるのではないでしょうか。

 思いやりを持ちましょうとかいうけれど、自分が見ていない世界や接していない所にそういう気持ちを抱くのはたやすいことではない。まずは自分の近くから心を通い合わせる努力をすべきだと思います。

 それができなければ、さらに遠い接点のない人とつながろうと思ってもできない。日々の暮らしを見つめ直し、そばにいる人を大切にすることが、自分自身を大切にすることでもあり、日本の未来像にも関係してくるのではないでしょうか。

 その手助けとなるのが文化や宗教など、現世的な価値観とは違った軸を持つ世界ではないかと思います。

 ―梶田さんはいかがですか。

 梶田 日本人が仏教徒だったころ、全て因縁で受け止めていたんです。今は良い時はご縁ですが、悪い時は運が悪かった。良いことは自分のせいで悪いことは他人のせい、というのが傾向です。

 でも、自分を問い直すための知恵が宗教。素晴らしい姿をイメージし、私はそれとどれだけかけ離れているかという自己否定を媒介に、道を歩もうとするのです。悪い時は誰かのせいにしたがることを改め、自分を問い直してくださいということを強く訴えたい。

 傲慢(ごうまん)な人はすぐ他人に、「自業自得だ」とか「天罰だ」とかおっしゃるんですが、その言葉はもともと、自分を納得させるため、自分のあり方を受け止めるための言葉だった。それを問い直すために、神社やお寺の役割はあると思います。

 ―ありがとうございました。

[京都新聞2012年1月3日付朝刊]