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(12)テキスタイル作家 井上唯

ここではないどこかへと 「織り」が誘う 空間の変容
半透明の布の連なりがおぼろげな存在感をかもし出す「ここではないどこかへと」(2010年)

 天井からつり下げられた11枚の布が重なり合って家々の景観が広がる。目の粗い白い麻布には、こより状の和紙が3段階の密度で折り込まれ、順光と逆光では見え方が違ってくる。日没近い時間帯には、家の部分だけが空に浮かぶ雲のように浮かび上がる。織りや編みの作品を用いたインスタレーション(空間構成)を手がける井上唯(1983年〜)が、ギャラリーギャラリー(京都市下京区河原町通四条下ル)で9日まで展示中の作品。

 そこにあるのにないかのような希薄な布の存在感が「どこか」へと誘う。この作品は、もとは「カサブランカ」という題で、織りの中身を指していたが、空間構成を主眼に再制作した。

 織りの表現を学んだのは「糸と糸の間に空間がある」ことが興味深く思えたからという。糸自体は細長い物質なのに、それを織ると布の平面になる。が、拡大してみるとそこにはすき間があり立体のようでもある。「窯の力を借りる陶芸とは違い、自分の手の作業がそのまま反映されるのに、織り上がった布は、考えてもいなかった質感が生まれている」。

 京都芸術センターで発表した「虚空に浮かぶ月」(2009年)では、窓がないギャラリーの空間に電球を灯し、布を介在させた闇と光の空間を演出した。「空間に対してどういう作品をつくれば変化するかに興味がある」。今年2月のギャラリー揺(京都市左京区)の個展では、初めて蜜ろうを用いて床に敷いた。「水の映り込みを表現しようとしましたが、蜜ろうは繊維に比べて圧倒的に物質感があり、バランスをとるのに苦労した」とも明かすが、繊維に限らず素材を模索する。

 「ここではないどこか」を現出させることは、言ってみれば美術の大きな魅力だ。失われた過去、まだ見ぬ未来。井上の場合は、それが別の土地へのあこがれに結びついているようだ。愛知県生まれで、大学院は金沢、そしてその後滋賀県に移り住んだ。湖国は、自転車で琵琶湖を一周した時の水の景観が印象的だったからという。

 「いろんなところに住みたい。自分の中にいろんなものが入ってくることで、作品づくりに反映することができる」。9月から瀬戸内海に浮かぶ粟島(香川県)で、同県主催の滞在制作プロジェクトに参加。島での暮らしをもとに作品を制作、12月に島内で発表する。どんな風景が映り込むのだろう。

テキスタイル作家 井上唯

「空間を生かした作品を」と話す井上唯(9月25日、下京区・ギャラリーギャラリー)

【2010年10月2日掲載】