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(24)ニッポン画家 山本太郎

隅田川桜川 日本的でない日本的なモノ
山本太郎「隅田川桜川」(2010年)=個人蔵 (C)Taro YAMAMOTO Courtesy imura art gallery

 画面両端に能装束の役者が立つ。一人は掃除機で琳派風の水紋を吸い取り、片方は赤ちゃんの人形を抱える。「ジパング展」(〜10日、京都高島屋)に出品される山本太郎(1974年〜)の屏風(びょうぶ)「隅田川桜川」は、室町の芸能、江戸期の図像、現代文明の利器が重層化し、二人の間に不思議な緊張感が漂う。

 「隅田川」も「桜川」も、子を人買いにさらわれた母親が狂乱の中で子を探す物語だ。だが、結末は正反対。それぞれ悲劇、ハッピーエンドに終わる。山本は「『桜川』は世阿弥、『隅田川』は世阿弥の子、観世元雅の作。親子の物語を、実際の親子が全然別の曲に仕立てているのが面白い」という。この屏風には仕掛けがある。「左右の隻を入れ替えても枝や水紋の形が合い、成立する。そうすると、本当はあり得ませんが、二人の相舞のように見えるんです」

 ニッポン画と称す。日本画の画材を用い、鶴や松など日本的な図像に、それとはそぐわないクリスマスツリー、ファストフード、信号機など商業的で、大衆文化的な記号が交錯し、奇妙に同居する。情報が氾濫する社会に生きる現代人、日本人としての存在を揺さぶるようだ。これまでは、現代と伝統を組み合わせ、そのバリエーションで作っていたが、近年は古典の物語性が強まっているという。2007年VOCA賞受賞作も能が題材。新作「花下遊楽図」も、源氏物語の登場人物になぞらえた現代風の女子がモチーフだ。

 京都造形芸大時代は、能楽部で、能に打ち込んだ。前衛劇を手がけるなど能楽界の異端児だった故観世栄夫に学んだことも今の創作に影響している。当時、自分が求める日本画に迷っていたが、「伝統的な技術、方法を使いながら現代を表現できる」と確信した。

 東京で開催中の個展には、新作「御帰り観音流三太尊(かーねるさんだーそん)」を出品。日本に元気をと、道頓堀川から引き揚げられたカーネル像にグリコ、くいだおれ人形、かに道楽のかに、翁の面を重ねたコテコテの作品だ。「海などに消えた人が、偉大になって帰ってくる『流され王』のイメージ。ダ・ヴィンチの人体図をサブリミナル的に使っている」。背景には万国旗。「運動会や商店街に掲げられるのは、日本だけでは。日本人が日本的と思っていない日本的なモノが興味深い」

 現代文明への批評ととらえられがちだが、本人はそれほどこだわらない。「私自身、文明にどっぷり漬かってもいますから。むしろ、気がついてないけど、実はおかしなことを作品化していきたい」と語る。

ニッポン画家 山本太郎

「物語を知っている人も知らない人も二重に楽しめる作品にしたい」と語る山本太郎(京都市下京区・京都高島屋グランドホール)

【2011年10月8日掲載】