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(5)自分らしくたとえを工夫

作 品

・ふじの花ふさふさしてるうまのしっぽ
京都市・北醍醐小四年 川崎千尋(ちひろ)

・さくらまいかわにおちたらきれいだな
京都市・御所南小一年 岩本深友(みゆ)

・春の山みどりの服はあったかい
京都市・下鴨小五年  山中菜都(なつ)

ねんてん先生

 藤棚(ふじだな)の下では、垂れ下がっている花についつい触りたくなる。先日、藤の咲く公園で、「そこの白髪の人、花房(はなぶさ)にさわらないでください」とマイクで注意されてしまった。

 藤の花はふさふさと咲くので「花房」と言い、またその花房が波のようにゆれるようすを「藤波(ふじなみ)」と呼ぶ。川崎さんも藤の花房に触ったのかな。うま(馬)のしっぽというたとえ、動きが感じられていいね。花房がはねる感じ。

 岩本さんは、舞いながら落ちる桜の花を見て、舞うときもきれいだけど、川に浮いたらいっそうきれい、と感じたのだね。その感じ、やはりたとえてみたらどうだろう。「きれいだな」のところを、「カヌーだな」とか「小鳥だな」とかいうように。実は昔から、水に散った桜はいかだ(筏)にたとえられ、季語では「花筏」と呼ぶ。でも、岩本さんらしいたとえを工夫してほしいなあ。たとえば「浮くケーキ」はどう?

 春の山の芽をふいたようすを「山笑う」と季語では言う。それもたとえだけど、山中さんは「みどりの服」にたとえた。春の山がうれしそうに服をゆすっている感じだね。(俳人・坪内稔典)

【2009年5月2日掲載】
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