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まなざし 夜の学舎で(1)

66歳 初めて書けた名前
学齢期にさまざまな理由で学校に行けなかった生徒たちが同じ教室に集い、学ぶ。後ろの席で先生に教えてもらう山本さんの姿があった
 びくびくして生きてきた。字が分からない。「名前を書いて」。そう言われるのが何よりつらくて役所に行くのはいつも妹と一緒だった。代わりに字を書いてもらった。
 転機は4年前だ。夜間中学に入り、たった四つの文字が書けるようになって、世界が変わった。
 「山本京子」
 これが自分の名前。「人間って不思議やね」。字を覚えると、どこにでも堂々と行けるようになった。

 山本さん(70)は朝鮮半島に生まれ、戦中に家族で長崎県に渡った。戦後、学齢期に達しても継父に学校に行かせてもらえず、家事や仕事に追われた。
 17歳で結婚したが、生活は厳しかった。行商や土木作業に赴く日々。高度成長で社会が豊かになっても苦難は続いた。夫は働かず、ことあるごとに殴った。
 家を飛び出し、弟を頼りに京都に来たのは、30代も半ばのことだった。友禅染工場に職を得て、仕事に明け暮れた。作業に読み書きは必要なく、大事なことは暗記した。病を患って65歳で退職するまで伝統産業を支えた。その自負はある。でも、学ぶ機会には恵まれなかった。

 「字が書けません」。退職後、たまたま一人で行った役所で打ち明けると、夜間中学のことを教えられた。
 66歳の春、中学生になった。名前と住所を何度も書いて覚えた。先生は粘り強く教えてくれる。それがうれしい。数字さえ満足に分からなかったが、スーパーの値札も電車の時刻表も読めるようになった。
 夜の教室。戦争や貧困、家庭の事情で同じように学校に行けなかった級友と机を並べる。「あかん。分からんわ」。なかなか頭に入らない。入学して4年になるが卒業はまだ先だ。それでも、少しずつ奪われた時間を取り戻している。
 「字が書けて世界が変わった。今が何より幸せ」。喜びをかみしめてペンを走らせる。
【2010年3月8日掲載】
 夕方、チャイムが鳴り京都市下京区の洛友中夜間部の授業は始まる。府内唯一の夜間(二部)学級。さまざまな年齢や国籍、文化を持つ人たちが集まる。学ぶこと。教えること。教育の原点がある。学びやを訪ねた。
(写真映像部 山本陽平)=5回掲載