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(4)方々の騒動

京都猫文字日記
いしいしんじのノートより

 5月の南座は「小笠原騒動」だった。九州の北東部の藩で1803年に起きたお家騒動を題材にした通し狂言で、若い人気役者が揃(そろ)い、僕と園子さんはある人から注目株として壱太郎の名前を聞いていた。前の晩遅くまで起きて僕はなんやかやとしていたが、限界というところで布団まで這(は)っていきすぐに熟睡した。白い犬を連れた着物姿の男性が枕元に立ち、起きい、起きろ、とどこか九州っぽい口調で話しかけている夢を見た。朝食の席で園子さんが、明け方すごかったですね、といい、僕は何が、と訊(たず)ね、園子さんは呆(あき)れた顔になった。家のすぐ外で喧嘩(けんか)があった。園子さんはムックリと起き時計を見ると午前5時である。うちはわりと静かな住宅地のなかにあるのだが外の道では、ワレしばきまわすどとかぶち殺すなどの怒声とでたらめな物音が響き、園子さんはヒ、と布団を引きかぶり、僕も隣で起きていてずっとそうしているのかと思った。僕はぜんぜん知らなかった。犬を連れた男性の声で精一杯だった。

 日中仕事をし、夕方からタオ指圧というところにいった。別に元中日から阪神に移った野球選手がバットで押すわけでなく、タオは道教つまりタオイズムのタオで、からだの随所にたまった邪気を外へ押し流すということをやる。歌舞伎の開演時間と重なってしまい園子さんだけ先にいってもらった。

 南座に着くと芝居はたけなわで、若手の役者たちは上に偉い人がいないということもあるのか思う存分自由にやっている。小笠原騒動は水しぶきが客席にかかるので有名だが、この舞台からはそれ以上の陽気な波動が、ブワッ、ブワッとくり返し発散されている感じがした。壱太郎は教えられたとおりすごい役者だと思った。終わったあと、園子さんはバスのなかで、イヤ、しんじさんが来るまでがまたすごかった、といった。我々の真後ろの席に大阪から来たおばちゃんの集団がいた。園子さんがロビーでの休憩から戻ると、おばちゃんらは食事を終え、後でまた使おうというのか、手ふきのナプキンを目の前の園子さんと僕の椅子(いす)の背にかけて干していた。口々に、七之助あんまり好きやないさかいウチどうでもええわー、などといっている。幕があがり橋之助と七之助が客席の通路を一周しはじめると、さっきのおばちゃんらは腰を浮かせ、七之助、こっちや! 七之助、こっち見ぃ! と嬌声(きょうせい)をあげもうこの世の終わりかのように踊り狂った。隣には団塊の世代ぽい男性がいた。幕間(まくあい)に、南座の外で買ったらしい寿司の蓋(ふた)を取るや、ハーン、と声をあげ、素早く携帯電話のボタンを押した。オイ、茶ァ入っとらんやんけ! と男性はいった。ワシ茶ァ買うたやんけ、いま南座の何列何番におる、すぐ茶ァもってコイ! しばらくして若い女の子が走ってきて茶の缶を手渡すと、男性は頷(うなず)いて寿司をゴワーとかっこみ、そしてモゴモゴの声で、たっかいワリに、ウマないのおッ! と米粒を飛ばしてつぶやいた。

(作家)

【2009年6月1日掲載】