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(5)法然院のカエル

京都猫文字日記
いしいしんじのノートより

 法然院のカエルがすごいんですよ、と噂(うわさ)だけは聞いていた。6月初旬の土曜日、大阪は船場の喫茶店で、ミュージシャンの原田郁子さんと公開対談をした。原田さんはカエル並みの天性の音楽家で、5年前僕は彼女に頼まれて2曲の歌詞を書いたことがあり、原田さんは今年の秋、僕の書いた小説を元にした音楽劇の主演をやることが決まっている。対談が終わった後僕は、いまから一緒に京都行きませんか、と原田さんを誘った。午後6時から法然院で、大友良英、ハラカミレイ、ZAKのライブがある。大友は主にターンテーブルもしくはギター、ハラカミはコンピュータを使い、他(ほか)の何にも似ていない音の宇宙を作りだす人で、そしてZAKは世界でもっとも耳のいいエンジニアのひとりだが、原田さんのレコーディングもずっと担当している。

 出町柳に着いたのが6時50分、やってきたタクシーに乗り込んで、銀閣寺道から坂をのぼっていくと闇は墨を混ぜたように色濃くなり、そこが法然院である。靴を脱いで本坊にあがり、案内の方を先頭に長い廊下をススススと進んでいった先に、襖(ふすま)を庭に開け放ち、聴衆をはらんだ薄闇の方丈があらわれる。大友良英の演奏が終わったばかりで、ハラカミレイの音楽がいまからはじまる。ハラカミとZAKは聴衆の中央でコントロールパネル越しに向かい合い、顔や表情は見えず、ふたりのシルエットが闇にうっすらと浮かびあがる。足音を忍ばせて原田さんと共に庭に面した縁側に座った。これが正解だった。

 音楽は遠い電子音ではじまった。スピーカーから鳴っているのだがまるきり自然の音に聞こえ、やがて近づいてき、水面の光のように揺れたり滴のように落ちたり、岩間を走る水のように迫ってきたりする。庭のカエルがク、と鳴く。カ、ケケ、ケコカ、と繋(つな)がる。庭のどこかで鹿威(ししおど)しがタァン! と響き、そしてこの鹿威しはやたら長いのか水流が遅いのか、しばらく経(た)ち、忘れた頃(ころ)タァン!と響きわたって絶妙な間をつくる。僕は縁側から足を垂(た)らし寝そべった。庭の端と端のカエルがコール&レスポンスをはじめた。ハラカミの音楽はハラカミだけでなくその空間と時間をとりこんでまたそこから溢(あふ)れだす、循環運動のようなものになっていった。ライブの終盤、音が高まると庭じゅうのカエルが、まるでアズキをばらまくか夜の驟雨(しゅうう)のように、ザアッと一斉に唄(うた)いだし、僕は自分がいま、こことか、どこにいるとか、人間とかカエルだとか全部わからなくなって、すべてが法然院の庭の闇に、溶けていくように感じた。音楽がじょじょに静まると、カエルたちの声もクケ、カカ、ケ、と低くなり、そしてハラカミのシルエットが一礼したとき静まる庭でタァン! と鹿威しの音が響いた。聴衆の拍手のなか原田さんに、どうだった、と聞かれ、僕は呆然(ぼうぜん)と、いま死にたい、と答えたらしい。それから皆でライブの打ち上げにいったがカエルと鹿威しも来ればいいのにと思った。

(作家)

【2009年6月15日掲載】