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(12)ぶながや

京都猫文字日記
いしいしんじのノートより

 京都から、距離的にも文化的にももっともかけ離れた土地へ行ってきた。沖縄である。沖縄でも那覇や石垣、八重山などの観光地でなく、沖縄本島の北西岸、大宜味村という場所だ。本島の南部は那覇を中心に都市化が進んでいるが、北半分はいまだ深い「やんばる」のジャングルに包まれている。ジャングルには精霊だか未確認生物だかわからない「ぶながや」というものが住む。そのぶながやと会ったことがある、という人に会いに、大阪湾の空港からジェット機に乗って旅立った。

 那覇空港まで2時間、空港から高速バスで北へ2時間走り、ターミナルで路線バスに乗り継ぎさらに1時間かかる。中継地の名護バスターミナルで、週刊誌でも買おうと売店に歩いていきラックから1冊取ったら、それは「週刊新潮 6月11日号」だった。ここではまだのりピーは真っ白いうさぎで首相は口の曲がったセメント会社の元社長なのだ。路線バスに揺られていく最中、「みなさん、車の運転は生き物たちに気をつけて」とアナウンスがあった。車窓の左側はまっすぐに遙(はる)か先まで東シナ海の海原だ。大宜味村は「ぶながや」以外にも、ハーリーが湾を走る夏の海神祭や、女性が長寿日本一、つまり世界一の村であることでも知られている。

 まず「ぶながや」だが、ここでは別に謎でも未確認でもなんでもなかった。北部の喜如嘉や謝名城の集落の、ある程度年のいった人ならば「あの木にいた」「坂道をゆっくり降りてきた」「井戸のまわりを回ってた」などいくらでも目撃者がいる。全身オレンジ色の二本足のライオンみたようなもので、「ぶながや」とは土地の言葉で「もじゃもじゃ」という意味らしい。「ぶながや」がよく遊んでいたという、謝名城の城(グスク)跡に登った。12世紀から15世紀にかけて国頭按司のいた城の城壁が崩れそのまま修復もなされず野性のジャングルになっている。石垣が転がる広場に立つと、目に見えない透明なものがそこらでくるくる回転している、という感じが強くし、身震いすると、案内してくれた方は、夜ひとりではとても来れませんと笑った。海辺の集落では家々の門に藁(わら)をくるっと結んだ「サン」というものが立ててある。食べ物をよそにお裾(すそ)分けするとき、皿やタッパーの上に載せて運んでいったりもする。途中で「へんなもの」に「食べられない」ようにするためだ。大宜味では亡くなった人は西向きに寝かせる。だから子どもが布団を西枕で敷くとえらく叱(しか)られる。「本州だと北枕ですよ」というと村のおばさんたちは「嘘(うそ)だろう」「そんなの変だ」「西に決まっとろう」と騒いだ。大宜味では西の海へすべてのものは帰りまたそこからすべてがやってくる。

 かけ離れた土地と思っていたけれど、王朝があり、剥(む)き出しの遺跡があり、「縁」「間」など目に見えないもので日常が動いていることを考えれば、沖縄と京都は実は姉妹か貝合わせのように似ているかもしれない。(作家)

【2009年11月2日掲載】