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(19)せんせい

京都猫文字日記
いしいしんじのノートより

 烏丸御池のマンガミュージアムにいってきた。初春の陽ざしを浴び、中庭の芝生で皆ゴロゴロしている。日曜日はそういう日と決まっているのか、ピンク髪や金髪のアニメの扮装(ふんそう)、いわゆるコスプレの人が階段のところでポーズを取っていたり、外国人のスナップ撮影に応じていたりする。机やソファ、子どもコーナーにもぎっしりと人がいて、当たり前かもしれないが全員が全員、これほどまで、という熱心さでマンガを読んでいる。眺めていて、この熱気をなにか別の事業に再利用できないかとさえ思う。ページを繰る風を集めて冷房に活(い)かしたり、本棚から読みたい一巻を見つけだす視線の素早さをデジカメのピント合わせに応用したり。

 東南アジアやヨーロッパで翻訳された作品や、戦前のマンガなども読むことができ、展示物も充実していて、これで5百円は安いどころか年間パスポートを買おうかと思った。元小学校という建物がすばらしく、迷路のような校舎内を進んでいくだけで、ちょうど漫画を読んでいるときのような、時間と空間の伸び縮み、折り重なり、別世界の感触に入っていける。「マンガばっかし読みなさんな」と小言をいわれた頃に通った小学校という場所で、元小学生も現役の小中学生も一緒になって、教室や廊下に座り込んでマンガを読んでいるというのは愉快な光景である。

 小学生の頃(ころ)からもっとも影響を受けた本は「天才バカボン」だ。「パパ」の言動や頭のスマートさだけでなく、この作者の「あかつかふじお」という人はなんでこんなに格好いいのかと思いファンレターも書いた。見開き2ページがひとつのコマでそこに「パパ」の顔が描いてあり、台詞(せりふ)は「バカボン」と呟くだけ、というその回は切り抜いていつも持ち歩いた。「キムチ」や「全共闘」「ハチのムサシ」といった言葉も初めて知ったのはバカボンの中でだった。今もあらゆる考え方や判断のベースに僕の場合天才バカボンがある。

 三十過ぎて縁があって「あかつかせんせい」と会うようになったが、ほんとうに「パパ」そのひとだった。僕が来ると知ると前日に入院先を抜け出し、焼酎とカルピスのカクテルをじゃんじゃか飲ませてくれた。「ふくらはぎツルツルですね」といったら、「目ェつむって撫(な)でてごらァん」とオネエ言葉で笑った。東京という場所を思うとき、「あかつかせんせい」の住んでいた中落合には見あげる高さのポールが立ち、いまもウナギ犬の旗が翻っている。新宿、中野、池袋と、東京の様子もほとんどバカボンで最初に教わった。

 そういえば京都が出てくるマンガは時代劇以外、現代物ではあまり見たおぼえがない。寺や建物を描くのが面倒なのかもしれないが、おもしろい話はいくらでも生まれそうだ。たとえば、どこか山鉾町の商家に嫁いできたトンガの娘が、たどたどしい京ことばを使いながら、故郷で覚えたそろばん片手に家計や祇園祭の事をやりくりする話とか。(作家)

【2010年3月1日掲載】