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犯人、自転車で西に逃走か

口論直後に刺す? 京都府警、捜査本部を設置
千葉大作さん
 京都市左京区岩倉幡枝町で十五日夜、右京区花園寺ノ内町、京都精華大マンガ学部マンガ学科一年生千葉大作さん(二〇)が殺害された事件で、犯人は事件後、自転車で西に逃走したとみられることが十六日、京都府警捜査一課と下鴨署の調べで分かった。千葉さんは現場で犯人と言い争った直後に刺されたとみられ、府警は同日午前、下鴨署に捜査本部を設置した。
 捜査本部によると、千葉さんは胸や腹、背中に十数カ所の傷があり、大半が刺し傷だった。凶器は鋭利な刃物とみられ、十六日午後から司法解剖をして死因を調べる。
 これまでの調べでは、第一発見者の男性が最初に現場を東に向かって通り過ぎた際、歩道にしゃがみこむ若い男と、歩道に隣接した畑で倒れている千葉さんを目撃し、男の横に自転車があった。しかし、不審に思って男性が再び現場に戻ると、男の姿はなく、自転車もなくなっていた。府警は、男が自転車に乗り、男性とは反対の方角の西に逃走したとみている。
 畑には千葉さんの自転車やリュックサック、携帯電話が落ちており、リュックには現金入りの財布が残されていた。事件の直前、別の通行人が現場の路上で男性二人が言い争っているのを見ている。千葉さんは搬送した救急隊員に「知らない男だった」と話しており、府警は、面識のない犯人と何らかのトラブルになり、刺された後に畑に突き落とされたのではないかとみて、現場周辺を詳しく調べている。
 千葉さんは事件の約二十分前に京都精華大で同級生と別れ、自転車で友人宅に向かっていたという。

「痛ましく、無念」 学長が会見

学生が殺害された事件を受けて会見し「無念でならない」と話す京都精華大の島本浣学長(左)=午前10時、京都市左京区・京都精華大
 漫画家を志し、仙台市から京都精華大に入学した心優しい青年の夢は打ち砕かれた。事件から一夜明けた十六日午前、胸などを刺されて殺害された千葉大作さんの悲報に、同級生は「トラブルに巻き込まれるような人ではない」と声をそろえ、近所の人も「早く犯人が捕まってほしい」と早期解決を願った。
 千葉さんが通っていた京都精華大は十六日の未明と午前の二回、会見し、島本浣学長が「痛ましい事件で言葉にならない。無念でならない」と声を詰まらせた。
 千葉さんは二度目の挑戦でマンガ学部マンガ学科ストーリーコースに合格し、昨年四月に入学した。浪人時代も熱心にオープンキャンパスに通い、漫画家になるのを熱望していたという。
 大学では仲間と漫画冊子を作って学園祭で販売するなどしていた。欠席はほとんどなく「素朴でまじめ。まっすぐな感じの若者だった」。千葉さんを指導していた小川聡専任講師は「絵はうまかった。弱かったストーリーもよくなり、将来を楽しみにしていた」と肩を落とした。
 千葉さんは二〇〇五年三月に仙台市泉区の宮城県立泉松陵高校を卒業した。同高の話では、明るくて穏やかな性格で水泳部の副部長を務めた。漫画や絵が好きだったという。吉本裕一教頭は「人から恨まれるような生徒ではなかったと聞いている。なぜこんなことになったのか」と話した。
 京都精華大によると、千葉さんは十五日、雑誌編集などの講義を受けた後、午後七時四十分ごろに駐輪場でバイクの友人二人と別れ、大学近くの友人宅に自転車で向かったという。大学は最寄りの駅前に「緊急告知」として事件の概要を知らせる看板を立て、周囲の学校や自治会と連携して対策を協議している。十六日夕からはスクールバスを増便する。千葉さんと同じクラスの女子学生は「千葉さんは他コースの学生とも仲が良く、優しい印象だった」と話した。
 現場近くの木野町自治会の東光正人さん(六二)は「この付近では小中学生を狙った不審者が出ることはあるが、殺人事件などは起こらないと思っていた」と話す。近くの防犯ボランティアは小中学生の登校時間帯に通学路に立って見守った。

自分で弁当作るまじめな子

 山形県米沢市の祖母(七五)の話では、千葉さんは漫画家を目指し、浪人時代から京都で下宿生活を送っていた。祖母は「どうしてこんなことになったのか、犯人を捕まえて聞きたい。まじめな子で弁当も自分で作っていた。もちやコイの甘露煮を送ると『届いたよ。弁当のおかずができた』と喜ぶ電話がかかってきたのに」と憔悴(しょうすい)しきった声で話した。
【2007年1月16日掲載】