京都新聞TOP > 経済特集アーカイブ > 独創にかける乙訓経済
インデックス

木村製作所会長 木村俊六さん(66)

精密機部品の加工 町工場 航空機産業に挑戦

−創業の経緯は。

 「学校を卒業し、三菱重工業京都製作所の養成工になって3年間の教育を受けた後、現場に配属されました。13年ほど勤めましたが、父が体調を崩したために、やむを得ず会社を辞めて家業の農業を継ぎました」
 「1年間は農業だけをしましたが、農閑期に時間を持て余したこともあって、製作所での経験を生かして金属加工機の旋盤一台を購入して工作機械の部品作りなどの仕事を始めました」

−業務内容は。

 「当初から、よそができないような加工難度の高い産業機械の試作機部品などの仕事を請け負ってきました。だから、試作だけで終わりということもありました。頑張っている間に、次第に得意先が増え、工作機械や社員も多くなったため2000年に本社工場を今の場所に設けました」

−具体的にどんな部品を。

 「今も主力とする各種工作機械の試作機部品があります。液晶や半導体関係の機械のほか、航空機からレーシングカーのパーツまで幅広く作っています。具体的には航空機だと、車輪の軸を支える部品や主翼の一部を動かすパーツなどがあります」

−重要視する分野は。

 「航空機分野は、高度な技術を要することから一度注文を受ければ長期間、部品の供給が必要で、安定した受注につながります。人命にかかわるだけにユーザーの安全確保に対する注文は極めて厳しいのですが、町工場の航空機産業への挑戦と思っています」
 「京都企業でも2台目となるハイテク機械を導入したこともあります。信用を得るには、品質管理の国際規格であるISO9001の取得も必要です。困難はありますが、高レベルの加工に挑むことで新たに学ぶことも多く、技術が蓄積できます」

−経営信条や理念は。

 「川の流れにたとえると本流を追わない。本流から外れたよどみや川岸の木の根や草の陰などの『穴場』に思いも寄らない大物が潜んでいることがあります。この考え方を重視して、難しくても試作品の部品作りを請け負ってきました」
 「会社のロゴマークは頭文字のKをデフォルメした人の形。これには人が人を支え、和を重んじて仕事をしていこうという意味が込められています。優秀な経営者が一人いてもだめです。人が会社の盛衰を決めていく。人を大切にしていくのが、わたしの信条です」

−職人技と新技術融合はどうか。

 「今はコンピューター制御のミクロの加工が可能な高レベルの機械が増えました。注文も、これまでの二次元から三次元に変化してきて驚くほど複雑なものもありますが、新しい技術を活用して加工ができるようになりました」
 「ただ、金属を加工する中で、材質の異なる硬さや切削速度と角度も微妙に違い、わずかな誤差で材料だけでなく機械も壊してしまう。この誤差を埋めるには蓄積してきた職人技が欠かせません」

−乙訓へのこだわりは。

 「地元と雇用を通じてかかわりたいし、会社の近所に住む社員も多い。わたしも地域への思い入れが強く、生まれ育った場所から離れたことがない。代々受け継ぐ家業の農業は、わたしの原点で今の会社を起こすこともできました。農作業をしていると意外と良いアイデアが出てくるんですよ」
<企業メモ>
 本社工場・長岡京市馬場人塚。1969年創業。1990年に有限会社から株式会社に変更して、現在の資本金は2000万円。社員は41人。年間売上高は約6億円。社長は長男の木村俊彦さん(38)。

[2007年11月29日掲載]