京都新聞TOP > 経済特集アーカイブ > 独創にかける乙訓経済
インデックス

阿曽工作所社長 阿曽敏明さん(60)

多種多様な金型造る 高い技能持つ社員は財産
阿曽敏明さん

 −会社設立の経緯や事業内容を教えてください。

 「鍛造(たんぞう)やプレス、ダイキャストの金型の職人だった父と叔父2人が1950年に、祖父の資本を基に兵庫県尼崎市で創業しました。間もなく樹脂が出回り始め、52年からアルミを溶かして鋳造するダイキャスト金型の設計・製造技術を基に、プラスチック射出成形用の金型に移行しました」
 「55年に日本初のテレビのプラスチック製前面板を製造する際には当社の金型が使われ、その後も大手家電メーカーが次々に開発する新製品の各種家電やOA機器を手掛けてきました。さらに、自動車や医療機器関連などの各種部品、さらにはコンテナやプランターなど多種多様な金型を造ってきました」

 −米国の金融危機の影響を大きく受けているようですね。

 「家電製品などの製造が海外に流出して、苦しめられた不況が底を突いたかと思えば、その底も抜けたのが今の状況で非常に厳しい。乙訓地域の各企業も大変な事態になっていると思います。当社は、幅広いジャンルの金型を手掛けてきたこともあって何とか持ちこたえていますが、家電をあきらめて新たに大きな設備投資をし、自動車にシフトした大阪近辺の同業者などは極めて深刻な状態になっています」

 −本社を乙訓地域に移した理由を話してください。

 「三菱電機の専属の会社として歩む中で、近くにいて開発担当者の意向を聞き即座に金型に反映させることが欠かせません。開発担当者と直にやりとりをすることは、当社のレベルアップにもつながることから重要です。それで、71年に大阪府島本町へ本社を移転して、2003年には現在地に移ってきました」

 −人材育成に力を注いでいるようですね。

 「技能と技術は異なると考えています。技能を習得するには年数がかかり、特に近年は高いレベルの技術でも買うことができる。ただ、買った技術力で一定のものが作れても、それ以上のものを生み出すには技能が必要。高い技能を持つ社員は当社には欠かせず大切な財産です。乙訓に暮らす社員が多く本社の移転で職住が接近して気持ちにゆとりができ、仕事にも良い効果が出ていると思います」

 −乙訓地域をどのように見ていますか。

 「大都市のように雑多でなく、豊かな自然環境に恵まれ、道路や鉄道の利便性も高くて生活しやすい場所。京都に近く歴史に培われ、住んでいる方々の意識レベルも高い。企業や工場などもあって、コンパクトにまとまった地域。まちの潜在能力が高いだけに、行政や公的な機関の努力で企業誘致などが進めば、さらなる発展が望めると思います」
<企業メモ>
 本社・向日市上植野町尻引。資本金4000万円で、1968年に法人化した。従業員数はパートを含め30人。年間売上高は約6億7000万円。台湾やマレーシア、韓国、中国に金型生産のネットワークを構築している。

[2009年1月27日掲載]