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[6]日常にやってきたバーチャルリアリティー技術

立命館大情報理工学部教授 野間春生
仮装バッティングシステム
仮装バッティングシステム

 80年代に家庭用ゲーム機が家庭に入ってきたとき、そのゲームは家庭内のメディアの中心にあった茶の間のTVに接続され、TVの前に多くの子供をくぎ付けにしました。親はTVの画面を見るだけで、子供がどのようなゲームをどうやって遊んでいるかをすぐにチェックして、よく「30分たったよ」といって、無情に電源を落としたものです。これが90年代になってポータブルゲーム機に取って代わり、さらに、2000年代以降は携帯やスマートフォンでゲームをする時代となり、いつでもどこでもゲームをするようになり、親の目がなかなか届きにくくなりました。そして、いよいよバーチャルリアリティー(VR)がわれわれの日常にやってきて、新しいゲーム機として期待されています。プレーヤーは大きなスキーのゴーグルのようなヘッドマウントディスプレー(HMD)と呼ばれる機器を頭に被り、HMDが再現するゲームの世界に没入し、全身でゲームに興じています。もはやこの段階では、外から見ても、目の前のプレーヤーがどこで、何を、どうやっているのか皆目見当がつかなくなりました。親にとっては、ほとほと大変な時代となりそうです。

 このような時代が本当に来るのでしょうか? 2016年はVR元年だと、方々で報道されました。その最大の理由は、研究者ではない一般の人がVRに不可欠なHMDを容易に入手できるようになったことでした。これまでは何百万円もしていた研究用のHMDに対して、10万円も出せばそれに匹敵するHMDが通信販売で買えるようになりました。このような安価な機器の発売は、長年VR研究に携わっていたわれわれでも衝撃的な出来事でした。

何でもありの「未来」目指して

 HMDとはよく“大きなゴーグル”と形容される装置で、内部に複数の小型のモニタスクリーンが組み込まれています。HMDを被るとユーザーは外部の世界は全く見えず、HMD内部のスクリーンに表示される映像しか見えなくなります。HMDのもう一つの重要な機能として、HMDを被っている人がどこからどこを見ているか、つまり視点と視線を計測し、それに合わせてコンピューターグラフィックス(CG)でHMD内部に映る映像を合成しています。つまり、ユーザーが現実世界で右を見れば自然に右側が見えるように、HMDを被ったユーザーが右を見ると、それに合わせてコンピューターが右側の映像を再現します。このコンピューターがユーザーの動きに合わせて再現する空間を、仮想世界と呼ばれます。

 さらに、VR元年に寄与したのがコンピューターの高性能化です。最近のコンピューターではハリウッドのSF映画で展開されるような未知の惑星の景色を悠々と再現できます。これに、HMDが組み合わされたとき、VRがその真価を発揮しました。もはや誰でも映画の主人公として未知の惑星に降りたって、エイリアンと戦う体験をできるようになりました。こうなると、何でもありの未来が見えてきました。コンピューターで再現できる仮想世界には、重力や時間といった物理的制約はありません。もちろん、コンピューターの性能の限界までしか再現できませんが、映画で再現できる特殊効果のレベルならば十分に再現可能です。

 もう一つの技術として、この同じ時期に、ゲームエンジンと呼ばれるソフトウエアが提供されたことも大きな契機でした。これまでは、物が落ちて床に跳ね返るといった物理的な挙動の再現をプログラムするには、専門的な知識が必要でした。しかし、ゲームエンジンを使うと、専門のエンジニアでなくても多少の勉強をすれば、普通の人がVRを応用したリアルな仮想空間を創造できるようになりました。

 では、もうVRを使えば何でもできるのでしょうか? 残念ながら、まだ極めて限定された世界を仮想的に再現するにとどまっています。人間は視覚だけで無く、聴・触覚・味・嗅といった五感を駆使して環境を感じています。現在のVRでは視覚と聴覚の一部しか再現できていません。よりリアルな仮想環境の再現に向けて、世界中のVR研究者がいろいろな解決手段を研究しています。

のま・はるお

 1966年生まれ、筑波大大学院博士課程工学研究科修了。国際電気通信基礎技術研究所を経て、2013年立命館大情報理工学部教授。専門はバーチャルリアリティー、ヒューマンインタフェース。

【2017年09月13日掲載】