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売り場から提案心掛け

アル・プラザ守山支配人 井口とも子さん
アル・プラザ守山支配人 井口とも子さん

 人口増加が著しい滋賀県南部の守山市中心部にある平和堂の総合スーパー「アル・プラザ守山」。午前七時半ごろに出勤すると、すぐに売り場やバックヤードを回り、品出し作業などに追われる従業員に声をかける。
 「データを見てトップダウンで指示するのではなく、売り場からの提案を拾い上げるのが私のやり方」と話す。
 平和堂で働き始めたのは三十年前。滋賀県能登川町の夫の実家に住むようになり、義母に「家に女が二人いるともめる」と言われたのがきっかけだった。近くの能登川店で、パートとして採用された。
 洗剤売り場担当だったが、主婦の感覚で店全体の品ぞろえや陳列方法を次々と提案した。そんな積極的な姿が当時の店長の目にとまった。まだ、正社員登用制度もない時代。店長が三日間、本部にかけあってくれた末、正社員に採用された。
 社員になったものの、気分は「気楽なパート勤め」。だが、当時社長だった夏原平次郎名誉会長の話を聞いて、考えが一変した。「やる気があれば、パートでも正社員でも男性でも女性でも店長にする」。まだ主任や店次長にさえ女性はいなかった。「ほんまかな。私も、いつか店長をやってみたい」。
 自分の仕事をこなしながら、上司の仕事ぶりを見て、やり方を学んだ。そして、パート採用から十六年後、店長に抜てきされた。
 だが夢の実現を前に、自信がなく不安が募った。義母や夫は「子どもがいるのに、責任の重い仕事は困る」と反対。その時、背中を押してくれたのは義父と次男だった。「こんな機会二度とないぞ」「お母さん、かっこいい。僕も勉強頑張るから頑張って」
 店長になって十四年。現在の店が五店目で各売り場の店長を束ねる支配人だが、今最も厳しい試練に直面している。昨年一年間で、周辺に大小あわせ七つの競合店ができた。さらに今秋には、同じ守山市内に店舗面積約三万六千平方メートルの超大型店がオープンする。
 「今が一番厳しい状況。でも苦しみがあれば、乗り越える楽しさがある。親しみやすさを大切にして、地域一番店を維持したい」

いぐち・ともこ 県内の高校を卒業後、事務職などを経て結婚。長男出産後、1978年パートで平和堂能登川店に採用され、80年に正社員。94年に能登川店長となり、稲枝店長、大藪店長などを経て、2007年2月から現職。夫と次男の3人暮らし。趣味は料理。午前4時半に起きて家事をこなす。大阪府出身。

【2008年5月25日掲載】