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仲間と協力 重圧クリア

滋賀銀行栗東支店事務長 山本敦子さん
滋賀銀行栗東支店事務長 山本敦子さん

 人口増が続く滋賀県湖南地域の重要店舗を、支店長に続くナンバー2の立場で支える。顧客と交わした書類のチェックなど事務全般を統括するだけでなく、各行員の仕事ぶりにも目を配る。
 「一人一人のことをしっかり見てあげて、いいところを伸ばしたい。プレッシャーがあって厳しい時代なので、自分がクッションの役割を果たせれば」と思いを語る。
 大津市上田上で生まれ育った。地元の高校を卒業して一九七九年に入行した。小学校から得意だったそろばんを携え意気揚々と就職したが、初任地の瀬田駅前支店でさっそく壁にぶつかる。
 「世間知らずで、銀行はそろばんができたらいいと思っていた。ところがいろいろな仕事があってとにかく忙しかった。当時は人と話すのが不得意で相談もできず、続けられるか心配だった」
 それでも二年、三年と過ぎるうちに、少しずつ慣れた。「苦しくても地道に努力する大切さを学んだ。先輩の厳しい指導のおかげ」と振り返る。結婚、出産と私生活も順調で、つらい時は夫が背中を押してくれた。
 入行二十年目に守山支店で大きな転機を迎えた。気がつくと主任の立場で、窓口業務の責任者になっていた。過去に経験したことのないほどの強いプレッシャーを感じた。「自分のことだけでなく、店や窓口のことも考えなければならなくなり、一気に重圧がかかった。休日も頭の中が仕事でいっぱいだった」
 異動後二カ月で限界だった。上司に退職を申し出るために出社した朝、更衣室の中から同僚五人の話し声が偶然聞こえた。「主任さんたいへんやし、みんなで助けなあかんね」。仲間の会話に涙がぽろぽろとこぼれた。「何とかして一人でやろうとする気持ちが強すぎた。みんなの力は大きい。一緒にがんばればいいんだ」と気づいた。
 苦難は続く。二〇〇三年には最愛の夫が病気で亡くなった。二年間はショックが続いたが「主人のためにも仕事を続けよう」と決意した。今は二人の孫を含む四世代八人の大家族が大きな支えだ。
 「仕事をがんばれば、がんばっただけ評価される。仕事がうまくいけば私生活も充実し、自信にもつながる」。多くを経験した今、働く意味が分かってきた気がする。

やまもと・あつこ 大津商業高卒。1979年滋賀銀行入行。瀬田駅前支店を振り出しに草津、南郷、県庁、守山などの支店で勤務。2005年に南草津駅前支店で支店長代理に昇格。07年10月から現職。趣味は映画鑑賞。大津市在住。47歳。

【2008年8月10日掲載】