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いい商品さえ作れば消費者に伝わる 癒やし感じる寝具開発

大東寝具工業会長 大東和子さん
大東寝具工業会長 大東和子さん

 柔軟な事業展開で厳しい繊維不況を乗り越えてきた。二〇〇一年に会長に退いてからは寝具など室内用品の開発に専念し、消費者に癒やしや快適さを提供する。「これからも感動を与えられるような商品を作り続けたい」と意気込む。
 寝具製造卸の仕事は実父が一九二五年に始め、六三年に法人化した。二十二歳の時に結婚した夫が二代目を継いだ。主婦として家庭を支えていたが、七八年に夫が胃がんのため急逝し、人生が大きく変わった。
 父や夫が育てた会社は「命より大切」とも言える存在だった。当時三十九歳。子どもはまだ中学生と高校生だったが「どんなことがあっても次の世代に継承したい」と急きょ、社長になった。
 名刺の出し方や営業の手法などを一から学んだ。「会社を背負う責任の大きさを感じた。会社はまず存続させることが大事だと思った」。多くの経営者との交流で「少し時代を先取りする経営」が大切だと気づいた。
 時代の変化に対応した経営を進めた。高度成長期には工場を新設して生産を増強した。バブル崩壊後の消費志向の変化に合わせ、九五年には雑貨のアウトレットショップを京都市中心部に開設した。流通機能が低下し、工場の中国移転が本格化した九〇年代後半は「作っただけ売れる時代ではなくなった」と、事業体制の効率化を図った。
 二〇〇一年、二度目の転機が訪れる。今度は自身に大腸がんが見つかり、主治医から余命一年余りと宣告を受けた。それでも「責任が大きくて、ガンのことばかり考えていられなかった」。経営者としての気持ちは揺るがなかった。流通大手を退社して専務になっていた長男利幸さん(47)に社長を任せるとともに睡眠工学を勉強して新たな商品開発に没頭した。
 寝具の専門店が減る中、インターネットに活路を求めたのは利幸さんの考えだった。販売額は毎年右肩上がりで、現在は売上高の七割近くを占める。「長年培ってきた素材やものづくりの技術があればネットも同じ。いい商品さえ作れば消費者に伝わる」と話す。
 会社経営に携わってから三十年余りを「ひたすら走ってきた」と振り返る。現在も厳しい消費不況の渦中にあるが「本業を忘れず、事業を時代に合わせること。人と人、会社と会社の信頼関係を作ることが重要です」と言い切る。

おおひがし・かずこ 寝具研究家。夫の急逝に伴い1978年、大東寝具工業の社長に就任。柔軟な事業運営で繊維不況を乗り越えてきた。2001年から現職。京都中小企業家同友会会員。趣味はダンスや旅行。京都市伏見区在住。71歳。

【2009年2月1日掲載】