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大学開発技術売り込む

光子発生技術研究所社長 山田礼子さん
光子発生技術研究所社長 山田礼子さん

 滋賀県内で大学発ベンチャーの草分けとして知られる「光子(こうし)発生技術研究所」(近江八幡市)。タンパク質の構造解析から、橋脚内部の亀裂まで発見できる高性能小型放射光発生装置を開発した山田廣成立命館大教授の技術を基に、1997年に設立された。夫の山田教授を支え、創業時から社長を務める。「起業当時は、大学発ベンチャーという言葉すらなかった。素人社長だけど、企業として生き延びることを第一に考え、手の届くことは全部やってきた」と語る。

 短大を出て銀行に就職。23歳で結婚した。当時まだ博士課程の大学院生だった夫に代わって家計を支えるため、「続けられる仕事を」と教員免許を取り、小学校の教員に。その後、夫の仕事で移り住んだオーストラリアでも教員免許を取り、教壇に立った。

 そんな教員人生が一変したのは、夫の起業がきっかけだった。「当時は大学教員は社長になれず、出資してくれた人たちから社長をやるように言われた」と打ち明ける。

 手探りの社長業が始まった。税理士や取引先の担当者に教えてもらい「直接経験して覚えた」。苦労を重ねたが「今からすれば楽しい思い出。一番厳しかったのはむしろこの3年」という。

 2008年のリーマン・ショックで、大学発ベンチャー育成の機運は一変、投資はピタリと止まった。民主党政権の事業仕分けで、開発した装置を購入予定だった公的機関の予算が削られた。自ら無給とし、金融機関や取引先企業を駆け回った。「駄目になる時はあっという間。もうどうやったか思い出せないほど大変だった」と振り返る。

 だがそれが、事業の見直しにつながった。開発した装置の販売だけでなく、装置を使った受託分析に乗り出した。韓国企業などと提携し、新たな販路を模索している。

 目標は、開発した小型放射光発生装置を、まず1台世の中に送り出すこと。「使ってもらえれば良さはわかるはず。早く会社を軌道に乗せ、社長の職を次の人に渡したい」

やまだ・れいこ 青山学院大教育学部卒。金融機関勤務の後、日本やオーストラリアの小学校などで教員を務め、1997年に光子発生技術研究所社長に就任。夫と野洲市の三上山に登って気分転換を図る。娘2人は独立し、夫と2人暮らし。静岡県藤枝市出身、近江八幡市在住。61歳。

【2011年5月29日掲載】