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転換の中で 「やっと定着」現場困惑

学校教育のゆくえ(1)
総合学習で学んだ美容マッサージを同級生に披露する生徒(京都市左京区・修学院中)
 美容院で職業体験をした男子生徒は、同級生相手にマッサージを実演した。「仕事の苦労と喜びを知りました。勉強に生かしたいです」。力強く発表する生徒に、受け入れた地域の人らから拍手が送られる。
 修学院中(京都市左京区)が総合学習の時間に導入するフィンランド発祥の「アントレプレナー(起業家)教育」の一環だ。職場体験や地域でのバザー開催などを通し、地域活性化策まで提案する。プログラムを六年前から練り上げてきた校長長者(ちょうじゃ)善高は「発想力や判断力、チャレンジ精神が明らかに高まってきた」と成果を語る。
 だが、政府が今春決定した新学習指導要領は数学(算数)や理科などの授業を増やすために、総合学習を減らす。「時間が減ると、生徒に考えさせる余裕がなくなる。やっと定着してきたと思ったら方針が変わる。現場は振り回されている」と長者はこぼす。
 総合学習は教科横断的な体験活動を通して「自ら考え、知識を活用する力」を養うとして、二〇〇二年に教科学習の内容削減とともに現行指導要領で導入された。「生きる力の育成」を理念とした「ゆとり教育」の目玉で、教科書のない授業といわれた。しかし、導入前から「教科を削ってまでやる必要があるのか」「準備が大変で学習効果も不明」との批判もあった。
 折から経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA(ピサ))で、読解力や理数応用力の日本順位が落ち、学力低下を指摘する声が強まった。押されるように、文部科学省は新要領でゆとり教育を転換し、象徴たる総合学習を削った。
 修学院中にほど近い京都造形芸術大。「ゆとり世代」とされる学生を前に、独自の映画論を語る教授。かつて「ミスター文部省」と呼ばれ、「ゆとり教育の広報マン」を自認した元文部科学省審議官の寺脇研だ。
 「ゆとり教育は共通で学ぶ部分を最低限にして、さまざまな刺激を与えて好きなものが見つかれば、それを伸ばす自己実現の教育だ」と寺脇。「知識詰め込みや偏差値による輪切り、つまり画一教育への批判として出てきた社会的な合意だった」と振り返る。
 将来の事務次官候補といわれながら、批判と降格人事の果てに文科省を追われた寺脇は、いま造形大のほか、京都大などでも教壇に立つ。「ゆとり世代はよく学ぶし、ゆとり教育のために学力が落ちたという確かなデータはない。感情論で、何でもゆとり教育のせいになってしまった」
 それでも悲観はしていない、という。「PISAの調査も問うているのは知識の活用力。それには、自ら学び、考え調べるゆとり教育しかない。言葉はともかく、その方向は間違っていなかった。画一でない多様な教育を認める流れは、決して止められない」
<現行の学習指導要領>
 1996年に中央教育審議会が「ゆとりの中で生きる力を育成する教育」を打ち出し、学校週5日制の導入を前提に学習内容を約3割削減、総合学習を導入。98年に決定、2002年に全面実施された。学習内容を増やす新たな学習指導要領は2012年度までに完全実施される。
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 「ゆとり教育」といわれた現行の学習指導要領が約十年ぶりに見直され、来春から新たな要領が順次実施される。この間、日本の教育はどう変わり、これからどう進むのか。さまざまな視点、切り口から実相に迫る。(敬称略)
【2008年7月21日掲載】