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生きる力 大人社会低下こそ問題

学校教育のゆくえ(8・完)
新学習指導要領の実施を前に、小学校では英語授業の試行も始まっている(京都市西京区・境谷小)
 今回の連載を通し、取材班では多くの教育現場を回り、識者からも話を聞いた。だれもが体験し、明確な正誤のない「教育」は百家争鳴になりやすい。一連の「教育改革」で各種審議機関が出した意見の混沌(こんとん)が象徴だ。
 ただ、「ゆとり教育」という思い切った考えを導入したことで、いくつかの共通認識も現場では生まれているように感じた。
 一つは「学校教育が目指すべき生きる力(社会で自立する力、問題解決力、活用力など表現は多様)を育(はぐく)むには、関心や意欲を持って自ら考え、学ぶことが必要」。そのために「言葉はともかく『ゆとり』(時間、精神、人的な余裕)は必要」という認識だ。
 その手法をめぐり、「読み・書き・計算を土台にすべき」「詰め込む知識は最低限にして、関心を高めるのが重要」など考え方に開きはある。新たな学習指導要領では、双方のバランスを重視し、習得、活用、探求による「確かな学力」を目指すという。
 その学力について、国際学習到達度調査(PISA)で日本の順位が落ち続けていることを問題視する意見は、やはり多かった。一方で、早くから学力低下を指摘してきた京都大教授の上野健爾のように「欧州の価値観で作られたテスト調査。点数だけ独り歩きし、テスト学力偏重の風潮を招くのは危険」と過剰反応に警鐘を鳴らす声もある。
 ここで共通するのは「日本人の学ぶ意欲は低下している」という見方だ。PISAでも「科学への関心が他国より著しく低いとの調査結果こそ問題」と話す教師もいた。
 「いい大学に入ればいい生活という時代でなく、学習意欲が高まりにくい」(公立中校長)、「成績の高い生徒も、テストの点を取る技術が高いだけで課題を見つける力が弱い。大学や社会でつまずく要因」(私立高教諭)とも。
 京都市内の公立中学校長は昨年の全国学力テストの分析から、「将来の夢が明確な生徒は学力も高い」と話した。学ぶ動機をどう高めるか。教師の指導力と同時に家庭の力が試される問題だ。
 教育現場の支援体制について立命館大教授の陰山英男は「教育委員会が形骸(けいがい)化し、事務局主導で閉鎖的になっている。情報公開を徹底しないと、地域に顔を向けた教育にならない」と強調する。教師が子どもと向き合う時間をつくるよう支えるはずの教委事務局が、現場に多大な書類作りを課して教師を疲弊させていないか。大分県教委のような不祥事は論外にしても、制度や運営の見直しが必要だ。
 教育予算の面では、政府が七月一日に閣議決定した教育振興基本計画に教育費の具体的な増額が盛り込まれず、現場を落胆させた。
 来春から順次実施される新学習指導要領は授業時間を増やす。「学ぶ内容が多くなれば、理解の遅い子への対応など教師の負担も増す。教師の増員は不可欠なのに、官僚に理念はなく、政治の指導力も不在だった」と中央教育審議会副会長の梶田叡一は憤る。
 子は社会の鏡という。「子どもの学力だけが低下することはない」(陰山)。大人社会の「学力」や「生きる力」は落ちてはいないか。
 さまざまな審議機関で教育を蹴鞠(けまり)のように小突き回し、場当たりの制度改正を繰り返しては、教師を疲弊させ、子どもを犠牲にするだけだ。「ゆとり教育」を経て得た教訓や共通認識を財産に、大学も含め未来を担う人づくりをどう考えるかが、政治、ひいては国民に問われている。(敬称略)=おわり
<教育振興基本計画>
 2006年の教育基本法改正に基づいて初めて策定された。今後10年に目指す教育像と直近5年の教育施策を盛り込んだ。文部科学省は教育予算を国内総生産比5%超(現3・5%)にする数値目標などを入れようとしたが、歳出や公務員の削減を理由に財務省や総務省が反対、見送られた。
【2008年7月28日掲載】