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大人になる 人の痛み 思いはせる

第2部 朱雀高からの報告
校舎内にある和室で通信制のスクーリングを受ける母親らを待つ子どもたち。アルバイトの大学生とはすっかり仲良しだ (京都市中京区・朱雀高)
 「せんせえ、こんばんは」。夕方の朱雀高に幼い声が響き、和室に子どもたちが駆け込んでくる。昼間は全日制の茶道部が活動しているが、週1−2回、高卒資格を取るために通信制のスクーリングを受ける若い母親らの託児室になる。
 子どもたちの宿題を見たり、遊びの相手をする先生役はアルバイトの大学生だ。男の子2人を預ける母親(25)は「介護ヘルパーをしていたが、自分がものを知らないと感じることが増えた。言葉を一つでも覚えたい。差を埋められたらと思う」と話す。4月から通い始めた別の母親(26)も「リポートは大変だが、勉強が楽しいと感じる。子どもは帰りの電車で寝ています」とほほ笑む。
 朱雀高通信制は1948年、働く青少年が学ぶ場として産声を上げた。50年代から60年代の高度経済成長期には「金の卵」と呼ばれた中学卒業生たちが中心だった。
 「厳しい仕事と向き合う彼らにとって、学校は青春の解放の場。社会的に自立している人のための制度だった」と振り返るのは、定年後も非常勤講師として教壇に立つ湯山ちいほさん。「あれから40年、生徒の変化をものすごく感じる」
 登録者は現在約1000人。年齢の内訳は15歳が約100人、16−19歳が約500人、20歳以上が約400人。不登校経験者や高校中退者の入学が増え、若年化が進む。「高校教育を受ける最後のチャンスとして、生徒が社会と出合う接点へと変化している。通信制はまさに社会の縮図」(山本一成副校長)という。
 湯山さんに忘れられない出来事がある。中学時代のいじめから家族以外とは筆談でしか話せない生徒がいた。学校には必ず母親が付き添った。ある日、クラスの一人が何げなく「20歳にもなってなんで親について来てもらってんねん」と一言。以後、彼は一人で通うようになった。彼は3年前に結婚し、昨年父親になった。「クラスメートの言葉だからこそ自ら立ち上がれた」と湯山さんは話す。
 ソフト開発会社を経営する霊岳(たまおか)雄太さん(31)は、朱雀高をモデルにしたゲームを制作中だ。テーマは「大人になるとは何か?」という。
 霊岳さんは小学3年の2学期から6年間、イギリスやスペインで学校生活を送り、中学3年の三学期に帰国して朱雀高通信制に進んだ。両親の離婚で祖母の家から学校に通い、昼間はゲームソフト会社で働いた。学校で出会った同級生と20歳で結婚し、25歳で会社を設立した。
 「学校にはいじめや受験の失敗、親との関係などで、心に痛みを持った優しいやつが多かった。両親の離婚でさびしさを感じていた自分の心のよりどころだった」。そんな友達をゲームのキャラクターに投影する。突然、違う世界に放り出され、学校の仲間とともに難題を乗り越えていく主人公に「違う国で社会から断絶されていた自分の姿」を重ねる。
 霊岳さんは振り返る。「人の痛みがどれだけ分かるか、想像力を持てるかが大人になるということ。それが高校時代に学んだことだった」
(第2部おわり)
<通信制課程>
 学校教育法が制定された1948年に設置。2006年度の文部科学省学校基本調査によると、通信制を置く高校は公私合わせて185校、在籍生徒は18万人を超える。単位取得には科目ごとのリポート提出とテスト合格、一定時間以上のスクーリングが必要。