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(1)ジャーナリズム史 根津朝彦

現実抉り出す視点、示せたか
安倍首相は10日に京都入りし、支持を訴えた(宇治市・JR宇治駅前)
安倍首相は10日に京都入りし、支持を訴えた(宇治市・JR宇治駅前)
 14日に投開票された衆院選で、与党は定数の3分の2を超える議席を得て大勝。長期政権への足場を固めた安倍晋三首相は宿願の憲法改正にも意欲を示した。折しも来年で敗戦から70年。選挙で示された民意、そして「戦後レジーム(体制)からの脱却」を図る安倍政権の今後などを5人の研究者にさまざまな視点から論じてもらう。

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 知らないうちに自己検閲をしていないだろうか。自民党がテレビの選挙報道に事実上圧力をかける文書を送付したことが話題となったが、今回の与党の総選挙圧勝を受けて、言論機関の役割をいま一度考察しておきたい。

 批判の鋭さ弱く

 大半の新聞は特定秘密保護法や原発再稼働の行方に疑問を投げかけてきた。しかし、全体的に批判の鋭さは弱く、読者に届いていない。政権が自民党であろうが、民主党であろうが、強大な政治権力を握る与党を監視する批判は厳しくて当然である。

 新聞で重要なのは、読者に訴えかける見出しである。安倍首相が集団的自衛権の行使容認を表明した時、『東京新聞』は一面トップで「「戦地に国民」へ道」という刺激的な見出しを掲げていた。しかし、他の多くの新聞でもそうした言及は文中にあっても、目を引くものではなかった。

 そこで想起したいのは「不偏不党」の歴史である。自由民権運動から、米騒動の報道禁止に反発したうちの一社である『大阪朝日新聞』が筆禍で狙い撃ちされた白虹(はっこう)事件に至る過程で、新聞が掲げるようになったのが「不偏不党」である。つまり権力からの弾圧を回避するための「商業的イデオロギー」であり、近代日本の天皇制国家を支える偏った「不偏不党」の報道を重ねて権力に屈服してきたことを忘れてはなるまい。とかく「不偏不党」や「公平中立」は自明視されるが、新聞の戦争協力を含め、その概念を誇るに足る内実を備えていたわけではないのである。今回の自民党がテレビに要求したのも「公平中立」であった。

 方向性を相対化

 時の政治権力への批判を鈍らすよりも、批判精神を発揮した言論の方が歴史的に評価されることは、宮武外骨や桐生悠々を例に出せば明らかである。現実は複雑で多様である。その豊かな世界を捉えるためには、現状追認とは異なる視点、つまり現実を抉(えぐ)り出す批判を示すことで、権力者が導きたい方向性を相対化できる判断基準をもつことが大切である。

 ではどうすればいいのか。特効薬はないが、歴史に指針を求めることはできる。現在では論壇は実態を伴わない言葉になっているが、かつては知的共同体といえる言論空間は総合雑誌が代表していた。1950年代前半には『世界』『中央公論』『改造』が総計で約30万部発行されており、社会的な言論の場に活気があったことで、マスメディアの質を高めるクオリティー・ペーパーの役割を果たしていたのである。

 論壇は、ジャーナリスト、研究者、編集者、学生、市民ら広範な読者のネットワークがあって成立する。それが総合雑誌という形をとることはもはや考えにくいが、学生の街の京都にはその可能性がある。自由な感性をもつ若い読者層とジャーナリズムの連携を模索できるからである。最近では首都圏で、特定秘密保護法に反対する学生有志の会(SASPL・サスプル)の運動に注目が集まったが、いつの時代も新しい世代に社会の希望の芽が存在する。

 若者層が回路を

 一方、私が勤務する大学では特にそうであるが、大学で社会問題に触れるような立て看板やビラを目にすることは非常に少ない。学生には新聞も縁遠く、そのような日常が「当たり前」となっている環境で、学生に政治に関心をもつことや、投票に行くことを期待する方が難しい。それだけに大学の存在意義もまた問われているのだ。ジャーナリズムは公共財であり、それを支えていくのは市民である。若い世代がジャーナリズムの役割を認識し、読者となって社会的に支える回路をつくっていく必要性は痛感している。

 これまでも読者・有権者の卵たる学生を応援していく報道は見られるが、その重要性は再確認しておきたい。同調圧力が強い日本社会において、まず独立した個人たることを求められるジャーナリストが、空気を読み過ぎることは自殺行為である。いかなる政権下においても、自己検閲を警戒し、豊かな言論を社会に根づかせてほしい。そのためにも優れた報道に対する読者のエールが不可欠である。

ねづ・ともひこ

 1977年生まれ。国立歴史民俗博物館機関研究員などを経て立命館大准教授。著書に「戦後『中央公論』と「風流夢譚」事件」など。
【2014年12月16日掲載】