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(8)リョウタの場合

「頑張れ」に反発も、息子見て「頑張ろ」

「予定とは違う人生。でも、父親になったからまともになれた」

週に1度、電車に乗って大切な人たちに会いに行く。車窓からの景色を眺めながら、少しずつ子どもとの距離が縮まっていく(京都府内)
週に1度、電車に乗って大切な人たちに会いに行く。車窓からの景色を眺めながら、少しずつ子どもとの距離が縮まっていく(京都府内)

 京都府内の自宅から大阪へ電車を乗り継ぐこと1時間半。毎週金曜の朝、ショッピングモールでお菓子やおもちゃを選び、大切な人たちが暮らすマンションへ向かう。リョウタ(仮名、18)の気持ちは、次第に「大学生」から「父親」に変わる。1週間ぶりの再会。あやすと笑顔を見せる9カ月の息子の姿に頰が緩む。「この子のために、頑張ろ」

 自分が父になるとわかったのは、17歳のとき。彼女は妊娠5カ月だった。「産みたい」と告げられ戸惑いもあったが、妊娠7カ月で覚悟を決めた。昨年8月に出産に立ち会い、日がたつにつれ次第に自覚が生まれたが、彼女の母親にはまだ結婚を認めてもらえない。息子は別居の彼女のもとで暮らし、一緒に住めるのは早くて大学を卒業する4年後だ。

 「こんな人生の予定じゃなかった」。幼いころは、自分が人と違う道を行くとは考えもしなかった。「中学は部活に明け暮れ、高校で普通に恋愛。大学を卒業してしばらくしたら結婚する」。そう思っていた。だが、小学生のころから、生きにくさは感じていた。

 「いい子」の破綻

 エリート志向の家庭で、「大人が正しい」と価値観を押しつける過干渉な両親が苦手だった。学校はどうか、誰とどこで遊んだか詳しく聞かれて辟易(へきえき)しつつ、面倒なことにならないよう「いい子ちゃん」を装った。中学受験をさせられたが、勉強せずわざと不合格になり公立中へ進んだ。

 中学に入ると爆発した。朝が苦手で遅刻を繰り返し、起こしに来る親にハサミを振り回して暴れる。部屋に南京錠をかけ、マンションの廊下側の窓から出入りして夜の公園にたむろした。「昔はそんなんじゃなかった」と親は嘆いたが、「昔は気い遣ってただけや。ほんまの僕ちゃうし」と言いたかった。

 「頑張っているところを見せるのは苦手」。適当にやっているように振る舞ってしまい、そう見られる。「頑張れ」と繰り返し言われ、腹が立つ。「頑張って、こうなってんねん」。その気持ちをうまく表現できず、いつももどかしかった。

 太陽の下で変化

 楽しみがなく、生きる気力もない。そんな自分が変わる一つのきっかけは、高校2年の夏休みに訪れた沖縄での生活だった。若者支援のNPOが運営する施設を拠点に1カ月を過ごした。知った人も、何のしがらみもない場所。太陽の下で海に潜り、離島を自転車で走っていると、少年時代の楽しみだった野外活動を思い出した。自然の中での冒険にわくわくした感覚がよみがえる。何かがリセットされた。翌年父親になり思った。「日の光を浴びて楽しみがあれば、まともになれる」

 夜中に騒いで警察沙汰を繰り返す日々と決別した。大学に通い、夜型の生活を改め、生活リズムを整える。学業との両立で養育費も多くは払えないが、夢も生まれた。「息子が高校生になったら、一緒にバイクで走る」

 親は「応援している」と言うわりに、わが子が父親であることを周囲に明かさない。「世間ばっかり気にする。何でやねんって思う」。「18歳の父親」によいイメージはないかもしれない。ただ、これだけは言える。「息子が生まれへんかったら、僕はクズのままやった」。前を向かせてくれるのは、間違いなく息子の存在だ。=おわり

【2015年06月08日掲載】