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成長できる、自分も社会も

長浜で暮らし始めた中川さん。歴史ある町並みを電動車いすでさっそうと駆け抜ける(長浜市木之本町)
長浜で暮らし始めた中川さん。歴史ある町並みを電動車いすでさっそうと駆け抜ける(長浜市木之本町)
 中川佑希さん(24)は脳性まひがあり、四肢が思うように動かせない。大津市から長浜市に引っ越した昨年6月ごろ、自宅近くのスーパーで買った品物を店員が袋に入れてくれないことがあった。入れるよう求めても「なぜ?」という反応が返ってきた。大津では経験のないことだったが、説明を繰り返し、対応は改善された。

 転居後、障害者の自立生活を支援するNPO法人「CILだんない」(長浜市木之本町)で働き始めた。大津にいたころは演劇公演を行う障害者支援施設に通ったり、趣味で漫才をしていたりした。だが、本気になれなかった。そんな時、あえて長浜に拠点を置き活動を始めた同NPOの代表、美濃部裕道さん(26)の「都市部の改善だけでなく、田舎を含む滋賀県全体が変わらなければいけない」という思いに触れた。

 仕事は講演活動などで、障害者が自由に自立生活を選べる環境の整備を訴えている。自身は20歳で親元を離れ、借金して1人暮らしを始めた。「施設に入るのも人によってはいいかもしれない。でも、自立という選択肢もあるねんで、と伝えたい」と意気込む。

 障害者自身が自立生活を求める運動は1980年代から日本各地で設立された自立生活センター(CIL)を拠点に行われた。滋賀県内では「滋賀自立生活センター」が93年に初めて草津市で立ち上がった。ただ「滋賀は『障害者=施設入所』、自立生活をしているのは特別な人だという考え方がいまだに根強い」と同センターの垣見節子代表は話す。

 そうした傾向の裏に、知的障害児施設「近江学園」(湖南市)をはじめ数々の福祉施設を作った糸賀一雄の存在を挙げる声もある。

 有名な「この子らを世の光に」という糸賀の言葉に、中川さんは「自分の親と重なる」と違和感を覚えていた。中川さんは1人暮らしを始めたころ、親から「今日は何を食べた?」「通帳見せて」と毎日のように電話があり、反発していた。

 だが、糸賀が設立した複数の施設を運営する社会福祉法人「大木会」(湖南市)の理事長、齋藤昭さん(74)は「糸賀さんが唱えた理念と自立生活運動の主張は矛盾しない」と指摘する。

 垣見さんは「自立生活運動は、障害者の自立だけでなく社会全体が良くなることを目指している。糸賀さんの思いも同じだった」と同調する。美濃部さんも「現代から見れば批判もあるが、糸賀さんが障害者の生活実態を社会問題としてあぶり出した意義は大きい」と話す。

 中川さんは自立生活を始めて4年がたち、「立場が違うのだから意見が合わないのは当然」と親の気持ちを察せられるようになった。「親の思いや信頼に応えるためにも、自立生活を続けることが大切。それは僕の後に続く人のためになる」=おわり

自立生活運動

 1960年代に米国で始まったとされる。国内では現在、130の自立生活センター(CIL)を中心に展開されている。

【2014年03月28日掲載】